コージーコーナーで買ったマドレーヌ*を食べながら、BSの世界遺産フランス縦断の旅『ヴェズレー』を入れ込んで見た。
http://tabehoudai.exblog.jp/i3 *マドレーヌもいろいろ
ヴェズレーの丘は、映画『化石』でも出てきたが白黒だったのと季節が冬で寒そうな感じがした。燦々と輝くサント・マドレーヌ聖堂。なだらかな丘が地平線までつづく。一面の葡萄畑。山梨の葡萄の丘やフルーツ公園、登美の丘あたりを思い浮かべた。
サント・マドレーヌ聖堂は、スペインのサンチャゴ(サント・ヤコブ)への巡礼の道の起点だそうだ。巡礼者は、帆立貝の貝殻を付けている。聖ヤコブの象徴だというが、マグダラのマリアの象徴でもなかったか。ヤコブはイエスが受難の時眠りこけていた一人ではなかったか、マグダラのマリアを追放した側ではなかったのか。初期キリスト教から現代までその内部でどのような対立と和解、改宗があったのか知るよしもないが。
聖堂のガラスケースの中に、マグダラのマリアの肋骨一本が安置されていた。秘蔵かと思っていたので拍子抜けだが思いがけず見れてよかった。他の骨はどうしたんだろうという素朴な疑問が。分骨か。畏れ多くてインタビューも御法度なのだろう。
第二次世界大戦が終わった1946年、この丘で世界平和の祈りの集いが開かれた。そのとき思いがけず敵国であったドイツの人たちが十字架を背負ってこの丘を登ってきた。それをみんなが暖かく迎い入れたという。当時を知るひとにインタビューをしている住吉美紀アナは涙声になった。それを見てわれわれももらい泣き。
視聴者からのメールを紹介している。前に赤ちゃんを連れてここを訪れたとき、赤ちゃんが泣き出した。ミサの最中だった。ミサが終わったとき修道女(士?)がやってきて、「赤ちゃんのこともお祈りしていましたよ」と言ったという。それ以来、私たちにとってヴェズレーは特別な場所になりましたという内容。一同思わず瞳が濡れる。
聖堂への参道にある「巡礼者の地下室」というワイン屋さん。ワイン通またはのんべえの加藤紀子が試飲する。とってつけたようなコメント、名残惜しそうな顔がおかしかった(^^)
2009年5月17日日曜日
無限の愛ーマグダラのマリアへの旅5
class:
映画
■『マグダラのマリア 無限の愛』ジャクリーヌ・クラン著
福井美津子訳 岩波書店 1996.6
原題:MARIE MADELEINE, UN AMOUR INFINI 1982
本では、フランス語読みで、マグダラのマリアをマグドレーヌ(マドレーヌ)と呼んでいる。「わたし」マグドレーヌの回想と告白が随想あるいは詩の形で語られる。それには苦界に身を置いていた娼婦時代のこともあからさまに書かれている。運命のイエスとの出逢いから別れ、復活、プロヴァンスへの逃避まで、マグドレーヌから見た事蹟が語られる。もちろん、著者の創作=小説である。この本の売りはこれだ。
それを傍証するような形で聖書や神話、外典などを引用して事蹟の解釈・解説がある。「わたし」が語る文章は後ろに行くほど詩的であり、解説は学術的である。はっきり言って、両方ともそう読みやすいものではない。詩的な文章には、比喩や象徴があふれており、邦訳でニュアンスの違う訳をしてるのかなと思わせるところもある。意味的にわけがわからないのが気の利いた詩なのかもしれない(^^)
【最低の境涯に身を置いていた娼婦マグドレーヌは、イエスを一瞥し改悛しイエスに全身全霊で帰依した。イエスは彼女を一番、目の開いた弟子として許し、信頼し、愛した。それを身近でみていた弟子たちは嫉妬した。「イエスは娼婦のようにすべての人に自分を与えた」
特にユダは、最低の娼婦すら罪を許され愛されるなら、最低の密告(それほど大事にはならないはずの)をして懺悔すればイエスに同じように祝福され愛されるだろうと浅はかにも密告してしまった。しかし、その結果、イエスは十字架にかけられた。
あの方は苦界のわれを許しけり
後の世までもついていかまし 春蘭
十字架の下で泣き叫んだ唯一の女性はマグドレーヌだった。そして復活したイエスが最初にあらわれたのもマグドレーヌである。イエスはマグドレーヌの深い信仰のレベルを認めており、後継者と考えていた。しかし現実はそうはならなかった。帆のない舟に仲間と乗せられ追いやられてしまった。
マグドレーヌ一行を乗せた舟は、運良くの南フランスに漂着した。布教ののち、マグドレーヌはサント=ボームの洞窟に住み三十年瞑想の信仰生活に入ったという。サン・マキシマンのマリ=マドレーヌ教会とヴェズレーのサン・マドレーヌ聖堂には、それぞれマグドレーヌの遺骨があるというが本当はどうなのだろう。】
プルーストの『失われた時を求めてースワン家のほうへ』を引用し、そこに出てくる「マドレーヌ」のお菓子は、マグドレーヌのことだという。これからは一礼してからマグドレーヌをいただくことにしよう(^^)
福井美津子訳 岩波書店 1996.6
原題:MARIE MADELEINE, UN AMOUR INFINI 1982
本では、フランス語読みで、マグダラのマリアをマグドレーヌ(マドレーヌ)と呼んでいる。「わたし」マグドレーヌの回想と告白が随想あるいは詩の形で語られる。それには苦界に身を置いていた娼婦時代のこともあからさまに書かれている。運命のイエスとの出逢いから別れ、復活、プロヴァンスへの逃避まで、マグドレーヌから見た事蹟が語られる。もちろん、著者の創作=小説である。この本の売りはこれだ。
それを傍証するような形で聖書や神話、外典などを引用して事蹟の解釈・解説がある。「わたし」が語る文章は後ろに行くほど詩的であり、解説は学術的である。はっきり言って、両方ともそう読みやすいものではない。詩的な文章には、比喩や象徴があふれており、邦訳でニュアンスの違う訳をしてるのかなと思わせるところもある。意味的にわけがわからないのが気の利いた詩なのかもしれない(^^)
【最低の境涯に身を置いていた娼婦マグドレーヌは、イエスを一瞥し改悛しイエスに全身全霊で帰依した。イエスは彼女を一番、目の開いた弟子として許し、信頼し、愛した。それを身近でみていた弟子たちは嫉妬した。「イエスは娼婦のようにすべての人に自分を与えた」
特にユダは、最低の娼婦すら罪を許され愛されるなら、最低の密告(それほど大事にはならないはずの)をして懺悔すればイエスに同じように祝福され愛されるだろうと浅はかにも密告してしまった。しかし、その結果、イエスは十字架にかけられた。
あの方は苦界のわれを許しけり
後の世までもついていかまし 春蘭
十字架の下で泣き叫んだ唯一の女性はマグドレーヌだった。そして復活したイエスが最初にあらわれたのもマグドレーヌである。イエスはマグドレーヌの深い信仰のレベルを認めており、後継者と考えていた。しかし現実はそうはならなかった。帆のない舟に仲間と乗せられ追いやられてしまった。
マグドレーヌ一行を乗せた舟は、運良くの南フランスに漂着した。布教ののち、マグドレーヌはサント=ボームの洞窟に住み三十年瞑想の信仰生活に入ったという。サン・マキシマンのマリ=マドレーヌ教会とヴェズレーのサン・マドレーヌ聖堂には、それぞれマグドレーヌの遺骨があるというが本当はどうなのだろう。】
プルーストの『失われた時を求めてースワン家のほうへ』を引用し、そこに出てくる「マドレーヌ」のお菓子は、マグドレーヌのことだという。これからは一礼してからマグドレーヌをいただくことにしよう(^^)
イエスを愛した女ーマグダラのマリアへの旅4
class:
映画
■イエスを愛した女−聖書外典:マグダラのマリア−
ゴードン・トーマス 柴田都志子・田辺希久子訳 光文社 1999.4
原題:Christos Maria of Magdalene
男性優位、女性蔑視の立場で書かれている新約聖書の福音書の記述を、意図的に排除された聖書外典の記述で正し、イエスの生誕から死、復活まで書き下ろしている。そこには、意図的に排除、改変されたマグダラのマリアのことが特に盛り込まれている。マグダラのマリアを公平に評価をすべき新しい千年紀が来たのだと著者は訴えている。
しかし、レンヌ=ル=シャトーの謎やダ・ヴィンチ・コードのようなつもりで読もうとすると多分、失望するだろう。
救い主イエスとマグダラのマリアの愛に満ちた関係は、紀元後二十六年ころ始まったとあるが、この愛とはアガペー(自己犠牲的・非打算的愛)で、無論、肉欲的な愛ではない。よって、マグダラのマリアは、イエスの妻で、ふたりの間には子がいたとはどこにも書かれていない。
印象的な二つのシーンは、多分、既存の四つの福音書だけでも読み取れる部分ではあろう。
●イエスの足元にひざまずいたマリア
「マグダラのマリアはぽろぽろ涙を流しながらイエスの足元にひざまづいた。そしてかさかさに乾いた彼の肌の上にその涙をこぼし、それを自分の長い髪でぬぐった。 。。。 その瞬間からどの弟子にもましてイエスに忠実に従い、彼らのだれにもできなかったようなやり方でイエスに無限の愛をそそぐようになる。彼女は、イエスを愛した女になったのである。」
。。。の部分でイエスは心を揺さぶられ、この女はなにものと疑っている他の弟子達に信仰とは愛とはこういうことだと諭している。
●復活
「うしろから、イエスが彼女に呼びかけた。『マリア!』 イエスはそこにいた。 『先生!』彼女は叫んだ。 『安心しなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなた(がた)と共にいる』」
イエスを愛した女は、イエスが愛する女であり、イエスが一番愛する弟子でもあった。
ゴードン・トーマス 柴田都志子・田辺希久子訳 光文社 1999.4
原題:Christos Maria of Magdalene
男性優位、女性蔑視の立場で書かれている新約聖書の福音書の記述を、意図的に排除された聖書外典の記述で正し、イエスの生誕から死、復活まで書き下ろしている。そこには、意図的に排除、改変されたマグダラのマリアのことが特に盛り込まれている。マグダラのマリアを公平に評価をすべき新しい千年紀が来たのだと著者は訴えている。
しかし、レンヌ=ル=シャトーの謎やダ・ヴィンチ・コードのようなつもりで読もうとすると多分、失望するだろう。
救い主イエスとマグダラのマリアの愛に満ちた関係は、紀元後二十六年ころ始まったとあるが、この愛とはアガペー(自己犠牲的・非打算的愛)で、無論、肉欲的な愛ではない。よって、マグダラのマリアは、イエスの妻で、ふたりの間には子がいたとはどこにも書かれていない。
印象的な二つのシーンは、多分、既存の四つの福音書だけでも読み取れる部分ではあろう。
●イエスの足元にひざまずいたマリア
「マグダラのマリアはぽろぽろ涙を流しながらイエスの足元にひざまづいた。そしてかさかさに乾いた彼の肌の上にその涙をこぼし、それを自分の長い髪でぬぐった。 。。。 その瞬間からどの弟子にもましてイエスに忠実に従い、彼らのだれにもできなかったようなやり方でイエスに無限の愛をそそぐようになる。彼女は、イエスを愛した女になったのである。」
。。。の部分でイエスは心を揺さぶられ、この女はなにものと疑っている他の弟子達に信仰とは愛とはこういうことだと諭している。
●復活
「うしろから、イエスが彼女に呼びかけた。『マリア!』 イエスはそこにいた。 『先生!』彼女は叫んだ。 『安心しなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなた(がた)と共にいる』」
イエスを愛した女は、イエスが愛する女であり、イエスが一番愛する弟子でもあった。
隠された聖地ーマグダラのマリアへの旅3
class:
映画
■隠された聖地−マグダラのマリアの生地を巡る謎を解く−
ヘンリー・リンカーン(The holy place 『聖地』1991)平石律子訳 監訳:荒俣宏 河出書房新社 1997.1
南仏のレンヌ・ル・シャトー村は、マグダラのマリアが創った巨大な聖地・神殿の中心地であるという仮説を展開している。広範な一帯の山や教会、城、遺跡等を結ぶと正確に巨大な五芒星が描け、パリの子午線もそこを通り、それぞれの遺物が子午線上に等間隔でマッピングできる。これだけ正確なのだから、レンヌ・ル・シャトーを中心とする一帯は、マグダラのマリアの神殿・聖地にちがいないという推論をしている。
リンカーンは、1982年に共著で、『聖なる血と聖杯』(邦訳題は『レンヌ=ル=シャトーの謎−イエスの血脈と聖杯伝説−』)を世に出しベストセラーとなる。
『ダ・ヴィンチ・コード』は、『聖なる血と聖杯』の盗作だと訴えられたが、『聖なる血と聖杯』のストーリーの核心部分(マグダラのマリアはイエスの妻で子も生まれた。現代までイエスの血脈は存続。血脈が聖杯)は一般的で抽象的であり、盗作には当たらないという判決であった。
『聖なる血と聖杯』と『聖地』の原作は10年の開きがあるが、邦訳されたのが同じ年なので、間違えて?こっちを買ってしまった人も多いだろう。レンヌ・ル・シャトーはマグダラのマリアが南仏に逃れてきて、布教をはじめたところで、聖地という論は展開しているが、マグダラのマリアの生地という論は特に展開していないので副題は誇大広告気味。
<補足>
イエスの死後、マグダラのマリアはどうなったのだろうか。一般的な説(ネット上)を集めてたどってみると、
●イエスの死後【エルサレム】
イエスの死後、マグダラのマリアは、イエスの母マリアと十四年間すごしていた。
●迫害、追放、流刑、脱出【エルサレム】
エルサレムで迫害を受けたマリアは、イエスが信頼していたヨセフに助けられフランスへ脱出。
ユダヤ人たちによって帆の無い船に乗せられ流刑にされてしまう。
もっとも広く流布した伝承によると、ステパノの殉教後、迫害にあったマリアはマルタ、ラザロ、アリマタヤのヨゼフら多くのキリスト教徒たちとともに追放された。
●南フランス漂着【サント・マリー・ド・ラ・メール】
兄弟や聖人たちとともに南仏カマルグ(マルセイユの西の河口湿地帯)に流れ着いた。
サント・マリー・ド・ラ・メール(カマルグの先端)に流れ着いた。
神の加護を得て奇蹟的に船でマルセイユに漂着した。上陸地を「海のマリアたち"Saintes Maries de la mer"」と名づけ、現在でもジプシーの最大の聖地となっている。
●南フランスでの布教【マルセイユ プロヴァンス】
マルセイユにつき、そこで彼女は宣教をはじめた。
マリアからイエスの教えを聞いたマルセイユの王と王妃とその国の人々はことごとく、ラザロと聖マクシミヌスから洗礼を受け、マルセイユじゅうの異教の神殿をうちこわしキリストの教会を建てた。一行はその後エクスの町へ行き、多くの奇跡によってたくさんの人を改宗させた。
プロヴァンス一帯で福音伝道し異教徒の改宗に尽力したという。
●瞑想、修行【サント・ボームの洞窟/砂漠】
晩年が近づくと、自らサント・ボームの洞窟に入り、そこで生涯を閉じた。
マグダラのマリアは使徒としての使命を終えると、砂漠に引きこもり、30年の間、誰にも知られずに修行を続け、秘蹟を受けて後、天にのぼった。
サント・ボームSainte Baume(マルセイユの東30km)の山中の洞窟に隠遁して隠修士となり33年におよぶ瞑想生活ののち、天使に付き添われて昇天したとされる
サント・ボームの洞窟で瞑想生活をおくり生涯を閉じたとされている。
●埋葬、墓【ヴェズレーのサン・マドレーヌ聖堂/サント・ボーム】
マリアは手厚く葬られ、聖遺骨はフランスのヴェズレー(Vezelay)の修道院にある。
サント・ボームの麓の街サン・マクシマン・ラ・サント・ボームに、エクスの初代司教・聖マクシミヌスによって彼女の遺体が葬られたとされる。
マリアの遺骨が眠るヴェズレー(パリの南東)のサン・マドレーヌ聖堂はフランスで最も重要な巡礼地として多くの巡礼者をひきつけていた。
ヘンリー・リンカーン(The holy place 『聖地』1991)平石律子訳 監訳:荒俣宏 河出書房新社 1997.1
南仏のレンヌ・ル・シャトー村は、マグダラのマリアが創った巨大な聖地・神殿の中心地であるという仮説を展開している。広範な一帯の山や教会、城、遺跡等を結ぶと正確に巨大な五芒星が描け、パリの子午線もそこを通り、それぞれの遺物が子午線上に等間隔でマッピングできる。これだけ正確なのだから、レンヌ・ル・シャトーを中心とする一帯は、マグダラのマリアの神殿・聖地にちがいないという推論をしている。
リンカーンは、1982年に共著で、『聖なる血と聖杯』(邦訳題は『レンヌ=ル=シャトーの謎−イエスの血脈と聖杯伝説−』)を世に出しベストセラーとなる。
『ダ・ヴィンチ・コード』は、『聖なる血と聖杯』の盗作だと訴えられたが、『聖なる血と聖杯』のストーリーの核心部分(マグダラのマリアはイエスの妻で子も生まれた。現代までイエスの血脈は存続。血脈が聖杯)は一般的で抽象的であり、盗作には当たらないという判決であった。
『聖なる血と聖杯』と『聖地』の原作は10年の開きがあるが、邦訳されたのが同じ年なので、間違えて?こっちを買ってしまった人も多いだろう。レンヌ・ル・シャトーはマグダラのマリアが南仏に逃れてきて、布教をはじめたところで、聖地という論は展開しているが、マグダラのマリアの生地という論は特に展開していないので副題は誇大広告気味。
<補足>
イエスの死後、マグダラのマリアはどうなったのだろうか。一般的な説(ネット上)を集めてたどってみると、
●イエスの死後【エルサレム】
イエスの死後、マグダラのマリアは、イエスの母マリアと十四年間すごしていた。
●迫害、追放、流刑、脱出【エルサレム】
エルサレムで迫害を受けたマリアは、イエスが信頼していたヨセフに助けられフランスへ脱出。
ユダヤ人たちによって帆の無い船に乗せられ流刑にされてしまう。
もっとも広く流布した伝承によると、ステパノの殉教後、迫害にあったマリアはマルタ、ラザロ、アリマタヤのヨゼフら多くのキリスト教徒たちとともに追放された。
●南フランス漂着【サント・マリー・ド・ラ・メール】
兄弟や聖人たちとともに南仏カマルグ(マルセイユの西の河口湿地帯)に流れ着いた。
サント・マリー・ド・ラ・メール(カマルグの先端)に流れ着いた。
神の加護を得て奇蹟的に船でマルセイユに漂着した。上陸地を「海のマリアたち"Saintes Maries de la mer"」と名づけ、現在でもジプシーの最大の聖地となっている。
●南フランスでの布教【マルセイユ プロヴァンス】
マルセイユにつき、そこで彼女は宣教をはじめた。
マリアからイエスの教えを聞いたマルセイユの王と王妃とその国の人々はことごとく、ラザロと聖マクシミヌスから洗礼を受け、マルセイユじゅうの異教の神殿をうちこわしキリストの教会を建てた。一行はその後エクスの町へ行き、多くの奇跡によってたくさんの人を改宗させた。
プロヴァンス一帯で福音伝道し異教徒の改宗に尽力したという。
●瞑想、修行【サント・ボームの洞窟/砂漠】
晩年が近づくと、自らサント・ボームの洞窟に入り、そこで生涯を閉じた。
マグダラのマリアは使徒としての使命を終えると、砂漠に引きこもり、30年の間、誰にも知られずに修行を続け、秘蹟を受けて後、天にのぼった。
サント・ボームSainte Baume(マルセイユの東30km)の山中の洞窟に隠遁して隠修士となり33年におよぶ瞑想生活ののち、天使に付き添われて昇天したとされる
サント・ボームの洞窟で瞑想生活をおくり生涯を閉じたとされている。
●埋葬、墓【ヴェズレーのサン・マドレーヌ聖堂/サント・ボーム】
マリアは手厚く葬られ、聖遺骨はフランスのヴェズレー(Vezelay)の修道院にある。
サント・ボームの麓の街サン・マクシマン・ラ・サント・ボームに、エクスの初代司教・聖マクシミヌスによって彼女の遺体が葬られたとされる。
マリアの遺骨が眠るヴェズレー(パリの南東)のサン・マドレーヌ聖堂はフランスで最も重要な巡礼地として多くの巡礼者をひきつけていた。
正統はマグダラのマリアだった?!ーマグダラのマリアへの旅2
class:
映画


ナグ・ハマディ写本などキリスト教外典のグノーシス文書には、ペテロとマグダラのマリアの抗争が記述されている。板挟みの形のイエスは、マグダラのマリアを擁護する立場である。
●(マグダラの)マリア福音書
ペテロ、マリアに向かって、「姉妹よ、救い主が他の女性たち
にまさってあなたを愛したことを知っています」
ペテロいわく、「まさかとは思うが彼がわれわれに隠れて一人
の女性と、しかも公開ではなく語ったりしたのだろうか。将来
は、われわれは自身が輪になって。皆彼女の言うことを聴くこ
とにならないだろうか。救い主が彼女を選んだというのは、わ
れわれ以上になのか」
ペテロのマグダラのマリアへの強い嫉妬、皮肉と反発が見える。
またマグダラのマリアを選んだイエス(彼)に対する不信の念さ
えもうかがえる。
●トマス福音書
ペテロ「マリハム(マグダラのマリア)は、私たちのもとから
去ったほうがよい。女たちは命に値しないからである。」
イエス「見よ、私は彼女を天の王国へ導くであろう。私が彼女
を男性にするために、彼女もまたあなたがた男たちに似る活け
る霊になるために。なぜならどの女たちも、彼女らが自分を男
性にするならば、天国に入るであろうから」
男女平等主義のイエスの教えに反するペテロの暴言。イエスはじゃあ、彼女たちを男性にすれば問題ないんだねとペテロのレベルに合わせてはぐらかしているのか。
●ピスティス・ソフィア(信仰の智慧)
イエスはマリアに「マリハム、幸福なマリハムよ、わたしは
あなたを、天の御業のあらゆる神秘において完全なるものと
しよう。勇気をもって語りなさい。なぜならあなたの魂は、
他のすべての兄弟たちよりも、天の王国に向かっているのだ
から。」
ペテロ「主よ、わたしたちに代わってしゃべるこの女にわた
したちは我慢なりません。彼女はわたしたちの誰にもしゃべ
らせず、のべつまくなく自分がしゃべっているのです」
。。。
マリアはイエスに「わたしたちは、自分たち自身のことだけ
を憐れんでいるのではなく、人類全体を憐れんでいるからです」
イエスは、霊的な円熟度が一番高いマグダラのマリアを一番かっ
ており後継者と考えている。自分が主導権をとりたくてうずうず
し、妬んでいるペテロ。イエスに励まされて人類愛を説くマリア。
しかし、後の歴史はイエスとマグダラのマリアの思いとは反対の
方向に動いていったようである。
■参考文献
(1)新共同訳 聖書 日本聖書協会
(2)マグダラのマリア−エロスとアガペーの聖女−
岡田温司 中公新書
*アガペー キリスト教における愛。罪深い人間に対する
神の愛、人間どうしの兄弟愛など、自己犠牲的・非
打算的な愛をいい、エロス的愛とは区別する。
写真は、ロダンの『キリストとマグダラ』
アガペーとエロス。この石膏の彫塑にインスピレーションを得た芸
術家も多いことだろう。
サングリアル文書はこれか?ーナグ・ハマディ文書ーマグダラのマリアへの旅1
class:
映画
「聖杯の探求の目的は、マグダラのマリアの遺骨の前でひざまずくことだ。貶められ、失われた聖なる女性に心からの祈りを捧げるために、旅をつづけたのだよ」
ダ・ヴィンチ・コードの原作はこの言葉で終わる。聖杯の部分であるサングリアル文書は、小説では発見されたようだが、実際には発見されたのだろうか。
1945年12月、アラブ人のムハンマド・アリーがナグ・ハマディという町の近くの崖の洞窟で、パピルスの十三冊の写本を発見した。これはナグ・ハマディ文書/写本と呼ばれる。
その後の解読と研究により、その多くがグノーシス文書であることが判明する。グノーシスとは、正統キリスト教会から、異端扱いを受けてきた主義であり派である。マグダラのマリアは、グノーシス主義者であったと言われる。当時の正統派はペテロに代表される。
*グノーシス主義者 イエスは霊として復活、自己と神は同一、
自分の中に神がいる(注:大乗仏教の自力に通じるか。
グノーシスの思想と大乗仏教の思想は似ているところ
があり、南インドなどで両者の交流があったのではな
いかという学説がある。)
*正統派 イエスは肉体として復活、神と人間は別のもの、イ
エスのみ神の子(注:小乗仏教の他力に通じるか)
*ペテロ イエスを三度知らないと言い、イエス没後マグダラ
のマリアがイエスが霊として復活したと言っても信用
せず、パウロの布教の言葉は誤解を受けやすいと批判。
正統派では、イエスの復活の最初の証人としている。
イエスの生前から両派の主導権争いがあったように見える。イエスの没後はなおさらであったろう。ナグ・ハマディ写本を持ち出さずとも、共同訳の新約聖書の福音書を読んだだけでも、そういうことがあっただろうと感じられる。
ナグ・ハマディ写本は13冊52文書からなる。これは、初期のキリスト教会は今よりもっと単純でもっと純粋であったはずという予想を覆し、初期のころから無数の多様な福音書などが存在していたことを明らかにした。
新約聖書として選択された四つの福音書は、その極一部にすぎないのだ。しかも正統派に都合のいいものが多く選ばれたであろうことはだれでも想像がつく。
マルコ、マタイ、ルカ福音書は共観福音書と呼ばれ似ているが、ヨハネ福音書は似ておらず、グノーシス派はグノーシス文書とみなしているらしい。グノーシス派的な解釈でも読めるということだろう。
しかし、ナグ・ハマディ写本の多くのグノーシス文書の発見によりグノーシス派は、ヨハネ福音書のグノーシス的解釈だけに頼る必要がなくなった。
ナグ・ハマディ写本
●トマス福音書
【イエスが言った、「あなたがたが、あなたがたの中にあるもの
を引き出すならば、それが、あなたがたを救うであろう。あなた
がたが、あなたがたにあるものを引き出さなければ、それは、あ
なたがたを破滅させるであろう。」】
人は神の子、自分の中に神の性質を持っており、自分を見つめ、その神性を発見し、開発せよとイエスは言っている。イエスはグノーシス主義者だったのか。
●ピリポ福音書
【救い主の伴侶はマグダラのマリアである。しかしキリストは彼
女をどの弟子よりも愛した。そして彼は、彼女の口にしばしば接
吻をした。他の弟子たちは感情を害し彼に言った。「なぜあなた
は私たちすべてよりも彼女を愛するのですか。」救い主は彼らに
答えて言った。「なぜ私は彼女を愛するようにおまえたちを愛さ
ないのであろう。」】
新約聖書の福音書にある、愛する弟子とは、マグダラのマリアのことか。イエスはマグダラのマリアを弟子としても女性としても一番愛し信頼していたのか。文句を言っているのはそれに強く嫉妬していたペテロだろう。
●(マグダラの)マリア福音書
【イエスは甦って、まずマグダラのマリアに御自身を現わされた。
マリアはイエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところに行
って、それを知らせた。彼らは、イエスが生きておられること、
彼女に御自身を現わされたことを聞いたが、信じられなかった。
マリアは泣いて、ペテロに言った。「兄弟ペテロよ。あなたはど
う思いますか。私が頭の中で一人でこのことをでっち上げたと思
いますか。それとも、私が救い主について嘘をついていると思い
ますか。」レビはペテロに答えて言った。「ペテロよ。あなたは
今までいつも短気だった。救い主が彼女をふさわしい者にされた
のであるならば、彼女を拒むあなたは、いったい何者なのか。」】
前段と同じ趣旨の記述は、マルコ福音書にもある。イエスの復活の最初の証人は、ペテロではなく、マグダラのマリアだ。後段は、マグダラのマリアの反対者と追随者が弟子の中にいたことと、イエスは教団の後継者としてマグダラのマリアを選択したのではないかとも感じさせる記述だ。
はしがき
仏教でも釈迦は相手の知識や機根、修業の程度、霊的な円熟度に応じて教えを説いたと言われる。機根の低い者には奇跡物語や寓話、譬え話を用いる。小乗は実は大乗へ至るための方便であった。参考文献によれば、キリスト教においても同じことが起こったのだと言う。マグダラのマリアは霊的な円熟度が高く、イエスは譬え話ではなく奥義を教えたと。奥義とは自己と神の合一の認識にいたる道なのだろうか。
■参考文献 ナグ・ハマディ写本−初期キリスト教の正統と異端−
エレーヌ・ベイグルス 荒井献・湯本和子訳 白水社
ダ・ヴィンチ・コードの原作はこの言葉で終わる。聖杯の部分であるサングリアル文書は、小説では発見されたようだが、実際には発見されたのだろうか。
1945年12月、アラブ人のムハンマド・アリーがナグ・ハマディという町の近くの崖の洞窟で、パピルスの十三冊の写本を発見した。これはナグ・ハマディ文書/写本と呼ばれる。
その後の解読と研究により、その多くがグノーシス文書であることが判明する。グノーシスとは、正統キリスト教会から、異端扱いを受けてきた主義であり派である。マグダラのマリアは、グノーシス主義者であったと言われる。当時の正統派はペテロに代表される。
*グノーシス主義者 イエスは霊として復活、自己と神は同一、
自分の中に神がいる(注:大乗仏教の自力に通じるか。
グノーシスの思想と大乗仏教の思想は似ているところ
があり、南インドなどで両者の交流があったのではな
いかという学説がある。)
*正統派 イエスは肉体として復活、神と人間は別のもの、イ
エスのみ神の子(注:小乗仏教の他力に通じるか)
*ペテロ イエスを三度知らないと言い、イエス没後マグダラ
のマリアがイエスが霊として復活したと言っても信用
せず、パウロの布教の言葉は誤解を受けやすいと批判。
正統派では、イエスの復活の最初の証人としている。
イエスの生前から両派の主導権争いがあったように見える。イエスの没後はなおさらであったろう。ナグ・ハマディ写本を持ち出さずとも、共同訳の新約聖書の福音書を読んだだけでも、そういうことがあっただろうと感じられる。
ナグ・ハマディ写本は13冊52文書からなる。これは、初期のキリスト教会は今よりもっと単純でもっと純粋であったはずという予想を覆し、初期のころから無数の多様な福音書などが存在していたことを明らかにした。
新約聖書として選択された四つの福音書は、その極一部にすぎないのだ。しかも正統派に都合のいいものが多く選ばれたであろうことはだれでも想像がつく。
マルコ、マタイ、ルカ福音書は共観福音書と呼ばれ似ているが、ヨハネ福音書は似ておらず、グノーシス派はグノーシス文書とみなしているらしい。グノーシス派的な解釈でも読めるということだろう。
しかし、ナグ・ハマディ写本の多くのグノーシス文書の発見によりグノーシス派は、ヨハネ福音書のグノーシス的解釈だけに頼る必要がなくなった。
ナグ・ハマディ写本
●トマス福音書
【イエスが言った、「あなたがたが、あなたがたの中にあるもの
を引き出すならば、それが、あなたがたを救うであろう。あなた
がたが、あなたがたにあるものを引き出さなければ、それは、あ
なたがたを破滅させるであろう。」】
人は神の子、自分の中に神の性質を持っており、自分を見つめ、その神性を発見し、開発せよとイエスは言っている。イエスはグノーシス主義者だったのか。
●ピリポ福音書
【救い主の伴侶はマグダラのマリアである。しかしキリストは彼
女をどの弟子よりも愛した。そして彼は、彼女の口にしばしば接
吻をした。他の弟子たちは感情を害し彼に言った。「なぜあなた
は私たちすべてよりも彼女を愛するのですか。」救い主は彼らに
答えて言った。「なぜ私は彼女を愛するようにおまえたちを愛さ
ないのであろう。」】
新約聖書の福音書にある、愛する弟子とは、マグダラのマリアのことか。イエスはマグダラのマリアを弟子としても女性としても一番愛し信頼していたのか。文句を言っているのはそれに強く嫉妬していたペテロだろう。
●(マグダラの)マリア福音書
【イエスは甦って、まずマグダラのマリアに御自身を現わされた。
マリアはイエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところに行
って、それを知らせた。彼らは、イエスが生きておられること、
彼女に御自身を現わされたことを聞いたが、信じられなかった。
マリアは泣いて、ペテロに言った。「兄弟ペテロよ。あなたはど
う思いますか。私が頭の中で一人でこのことをでっち上げたと思
いますか。それとも、私が救い主について嘘をついていると思い
ますか。」レビはペテロに答えて言った。「ペテロよ。あなたは
今までいつも短気だった。救い主が彼女をふさわしい者にされた
のであるならば、彼女を拒むあなたは、いったい何者なのか。」】
前段と同じ趣旨の記述は、マルコ福音書にもある。イエスの復活の最初の証人は、ペテロではなく、マグダラのマリアだ。後段は、マグダラのマリアの反対者と追随者が弟子の中にいたことと、イエスは教団の後継者としてマグダラのマリアを選択したのではないかとも感じさせる記述だ。
はしがき
仏教でも釈迦は相手の知識や機根、修業の程度、霊的な円熟度に応じて教えを説いたと言われる。機根の低い者には奇跡物語や寓話、譬え話を用いる。小乗は実は大乗へ至るための方便であった。参考文献によれば、キリスト教においても同じことが起こったのだと言う。マグダラのマリアは霊的な円熟度が高く、イエスは譬え話ではなく奥義を教えたと。奥義とは自己と神の合一の認識にいたる道なのだろうか。
■参考文献 ナグ・ハマディ写本−初期キリスト教の正統と異端−
エレーヌ・ベイグルス 荒井献・湯本和子訳 白水社
ダ・ヴィンチ・コードの事後学習
class:
映画

原作を読まずに映画を観てわからなかったことを調べる。
■なぜルーブル美術館館長ソ二エールは殺されたのか
ローマン・カトリックから破門された急進派オパス・ディは、聖杯の秘密を世界にあばくことによって、ローマン・カトリックの総本山(バチカン)に対して仕返しをしようとする。
そうだったのか。まずこれが分からないまま謎解き列車は発車(^^;)
オパス・ディは聖杯の秘密を追っていたが、修道士シラスに命じ、秘密を明かさないシオン修道会総長、ソ二エール館長を殺す。
聖杯の秘密を総長しか知らないとすると、秘密は闇に葬られてしまうけど急進派としてそれでいいのか?という疑問は残る。
映画では、バチカンとオパス・ディ、導師、司祭、修道士などの関係が非常に分かりにくかった。
■なぜソ二エールはウィトルウィウス的人体図風な格好で暗号を残して死んだのか。
ただ死んでしまうと、シオン修道会の聖杯の秘密が闇に葬られてしまう。瀕死の中で、ソニエールは、暗号を残す。ハーバード大の宗教象徴学教授ロバート・ラングドンと、フランスの司法警察の暗号解読官であるソフィー・ヌヴーに、暗号を解読してくれるように依頼するダイイング・メッセージを残して。
他に聖杯の秘密を知っている人はだれもいなかったのかが疑問。そういう人がいればなにもしちめんどくさい暗号を残す必要などなかった。でもこれがないと小説も映画も成り立たない(^^)たとえば小説では他に知っていたひとも殺されたとか?
■再確認
●聖杯の秘密
イエスはマグダラのマリアが妻で、マリアはイエスの子をはらんでいた。
イエスの死後、マグダラのマリアは、キリストの信者たちによって、南フランスに連れて来られ隠された。マリアは、女児サラを産む。その子孫は、後にフランク王国のメロヴィング王朝を興す。その子孫が今でもいる。
聖杯とは、イエスの血脈、すなわち、マグダラのマリアとその子孫のことであった。その血脈を守るために結成されたのがシオン修道会であり、その下部組織のテンプル騎士団である。
●ダ・ヴィンチの絵の秘密
ダ・ヴィンチは、シオン修道会総長であり、モナリザとして、マグダラのマリアを描いた。絵のモナリザ(マリア)は子をはらんでいる。
もうひとつの絵、最後の晩餐でイエスの左隣にいるのはマグダラのマリア。二人の間にできるVの字の空間は子宮を意味し、これが聖杯のシンボルでもある。この空間にかすかに子供の輪郭が見えるとする見解もあるようだ。
●謎解きの連鎖
聖杯(マグダラのマリアの墓とその子孫)を探すため、謎解き(暗号解読)が始まる。これらは連鎖しており、一つ謎を説いてもまた新たな謎が立ちはだかる。
映画では一つ一つの謎解きに時間をかけていられないので、駆け足になり、観る人は付いていくのが大変。ラングドンとソフィーは、結構あっさり謎を解いていく。オパス・ディと警察に追われながらなのであわただしいが。
・館長が残した暗号の解読ー>百合の鍵の発見
・百合の鍵が特定銀行の貸金庫のものという割り出し
・暗証コードの割り出し(フィボナッチ数列)ー>薔薇の箱に筒発見
・筒を開けるコードの割り出しー>紙片の発見
・紙片の文章の解読ー>マグダラのマリアの墓、子孫、ガーディアン発見
・紙片の文章の解読ー>ルーブル美術館のビラミッドの地下深くに
本物がある?
聖書を開いて、マグダラのマリアが出てくる福音書の箇所を拾い読みしてみた。やはりマグダラのマリアはイエスが一番愛した人で一番近くに居たのは事実のようだ。でもなにかをかくすか、ひっかかるような書き方を感じるのはなぜだろう。
2009年5月15日金曜日
Angels & Demons 天使と悪魔
class:
映画

公開初日、朝一番で観た。原作の通りに映画化できれば、前作ダ・ヴィンチ・コードを超える面白さだろうと思っていた。が、ほとんど夜の場面で、謎解きは平凡だし、ラングドンの危機一髪の離れ業やビットリアとの恋などもなく、インパクトは前作ほどではなかった。でも、反物質の生成と上空での爆発の場面は緊迫感があった。
原作の完全ネタバレ:Angels & Demons(天使と悪魔)
2009年5月14日木曜日
新茶
class:
俳句

小包は恩を忘れぬ新茶かな
もう何十年になるだろう。この時期になると妻のビアノの教え子
から新茶の小包が届く。教え子と言っても妻より年上で、保母さ
んになり、その上の職にも就いたと聞く。今自分があるのは、あ
のときピアノを教えていただいたからだと言って。
妻はもう何十年も前のこと、やめて下さいとその都度電話する。
でもそうできることがうれしく幸せなんです、自分のためにして
いることなんですと言われ、妻は引き下がる。恐縮しているので
すが、実はこの時期になると新茶の小包をこころ待ちにしている
んですと言いながら。
いいな、こんな関係、人間て素晴らしいと思う。包みを開けたら
名前が「初香り」、いい名だ。
写真提供はフォト蔵さん
2009年5月13日水曜日
恩田陸『光の帝国』常野物語
class:
本

恩田陸『光の帝国』常野物語
僕たちは、光の子供だ。どこにでも、光はあたる。
光のあたるところには草が生え、風が吹き、
生きとし生けるものは呼吸する。
それは、どこででも、誰にでもそうだ。
でも、誰かのためにでもないし、誰かのおかげというわけじゃない。
僕たちは無理やり生まれさせられたのでもなければ、
間違って生まれてきたのでもない。
それは、光があたっているということと同じように、
やがては風が吹き始め、花が実をつけるのと同じように、
そういうふうに、ずっとずっと前から決まっている決まりなのだ。
僕たちは、草に頬ずりし、
風に髪をまかせ、くだものをもいで食べ、
星と夜明けを夢見ながらこの世界で暮らそう。
そして、いつかこのまばゆい光の生まれたところに、
みんなで手をつないで帰ろう。
常野(とこの)
権力を持たず、群れず、常に在野の存在であれ という意味。
そういう理念のもとに、予知能力や途方もない記憶力など人
並みはずれた能力を持つ一族が昔、共同体を作って人里離れ
た所に住んでいたという。その人々のことも、住んでいた場
所も常野と呼ぶ。
2009年5月11日月曜日
変化のための付け方の妙法
class:
連歌論俳論

【変化のための付け方の妙法】
○前句の情を引來るを嫌ふ。ただ前句は是いかなる場、いかなる人と、其事・
其位を能く見定め、(前句にない観点を選び)、前句をつきはなして附べし。
○執中の法 前句に対して付くべき物(趣向)は、一字二字三字のものでよく
あとは付け足しである。このレベルで変化を大きくとらえていけばよい。
○余情付け 前句の余情と同じ響き、匂い、位の意味内容的にあまり関係ない
句を付ける。
○見立て ある物(柳)を別の物(細身の美人)になぞらえる。
見立て替え(取り成し) ある見立てをちゃらにし違う見立てをする。
○どんなときでも、俳諧は上下取り合わせて歌一首と心得べし。
リサーチの経緯
写真提供はフォト蔵さん
2009年4月25日土曜日
歌仙『埋まる予定表』の巻
class:
連歌俳諧

歌仙『埋まる予定表』の巻
平成21年3月26日 起首
平成21年4月25日 満尾
初花やたちまち埋まる予定表 みかん
遠く見やれば野良は田起し 春蘭
風光り天領の里賑わいて 合
新しき道更に広がり 青波
詩絵巻鈍色の月描き添えん 草栞
院展まぢか老いの一筆 面白
ウ 木の実降る夜のヴィーナス薄化粧 百
コート狭しと姉妹対決 み
軽井沢恋結ばれて半世紀 睡心
輸入食材不安を残し 合
軒先にゆれる干菜の三四本 蘭
氷柱の欠片拾ふ蹲 栞
女時かも島にはもはや帰るまい 白
再就職にパソコン必須 み
眼前に開く世界の全市場 波
用水濠に淡月にじむ 百
掃き集め山となりたり落ち椿 蘭
このぶらんこで空の彼方へ 睡
ナ 春蝉のいきなり来たり大音声 百
疑ひし身に慈悲はあまねく 蘭
欠伸する者同士ふと目のあひて 睡
子供遊ばす午後の公園 波
緑陰に縄の電車は停車中 み
リボンシトロン泡はじけさう 白
透き通る君の瞳にロックイン 蘭
死んでもいいと一途な言葉 合
迷はずに人馬駆下る桶狭間 栞
旗指物が萩野けちらす 百
十三夜武満の曲しめやかに 白
いつの間にやらいとど虫和す み
ウ ところどころ誤字ある母の文を読む 波
遠きにありて想ふ針箱 栞
アイロンと接着剤でリニューアル 白
食品見本大とろまぐろ 百
堤防に屋台居並ぶ花あかり 合
今雨上がり春虹架かる 波
(捌き 睡心)
写真提供 草栞さん
2009年4月23日木曜日
2009年4月18日土曜日
2009年4月17日金曜日
蒲公英草紙 常野物語
class:
本

『蒲公英草紙 常野物語』恩田陸 ネタバレ
時代は明治の日清戦争のころ、少女だった私(峰子)は、宮城県南部の大地主、槙村家の病弱なお嬢様、聡子のお話相手としてお屋敷に週二日上がるようになった。蒲公英草紙は峰子が自分の日記に付けた名前で、数十年後それを読みつつ当時を回想する。
食客の洋画家椎名と仏師の永慶は、競って聡子の肖像画を描く。聡子は椎名が描いた洋画は聡子の今現在のありのままの忠実な写実であり、永慶の描いた日本画は聡子の過去や未来も含めたもっと長い時間の流れを聡子を通して表現しているから簡略なのだと洞察する。
ある日、春田という一家が槙村家にやってきてお屋敷の天聴館に逗留する。この一家は旅を住処とする一族「常野(とこの)」で霊感や予知能力(遠目)、超人的な記憶力があり、他人と「響きあう」と、その他人の心持ちも含めて一切をまるまる自分の中に「しまう」ことができるという。実は常野の血は何代か前に槙村家にも入り込んでおり、聡子はこれから先に起きることが分かるらしいのだ。
収穫で忙しい村で聡子と峰子は子供たちを集め、お菓子を配りお話し会をし始めた。雨が強くなりやがて風も伴って来た。今で言う局地的なゲリラ台風だ。裏山が崩れ鉄砲水が襲ってくる。二人は間一髪子供たち全員を避難させる。しかし聡子は胸が苦しくなって動けなくなり濁流に流されてしまう。
三日後聡子の遺体が見つかる。常野の光比古少年は聡子を「しまって」いると言い、聡子の見て来た風景や心の中の風景(思い)をみんなの目の前に映し出す。聡子は病弱な自分が村の子供達のために一生懸命頑張れたことが嬉しい、今までとても幸せだった、これからも槙村の空や地となって皆さんを見守っていきたい、悲しまないでください、聡子はいつもみなさんのそばにいます、と言って消える。
常野の一家はやがて天聴館を離れまた旅に出る。いつまた逢えるかわからない。峰子は最後に光比古に「あなたたちは、だれ?」と尋ねる。光比古は「僕たちは、峰子さんさ」「え?」「というか、みんななんだ。僕たちは、みんなの一部なんだよ。みんなの一部が僕たちなんだ。みんなが持ってる部分部分を集めたのが僕たちなんだって」
2009年4月15日水曜日
箕作り弥平商伝記
class:
本

『箕作り弥平商伝記』熊谷達也
弥平は明治三十七年に秋田で生まれた。箕作り&箕直し職人だ。腕には自信がある。販路拡大のため関東に出向いたが人は冷たく売れない。関東以西ではそのような仕事はサンカ(穢多、非人、新平民)と呼ばれ差別されてきた人達の仕事と思われていた。
弥平はある村で箕を背負って歩いている美しいキヌを見かけて心惹かれる。キヌの一家は箕作りと箕直しを生業としておりサンカと呼ばれている。弥平はその箕の素晴らしさに自分の腕の未熟さを知る。キヌは昔無頼漢に襲われそれ以来口がきけない。そして娘を生んでいたが妹として育てていた。
事情を知っても弥平のキヌを想う気持ちは変わらず、夫婦になりたいと親に懇願する。キヌの一家が住む部落は部落解放運動に参加しないためある日打ち壊しに会う。弥平はその渦中に怪我をして気を失い病院に運ばれる。部落に行ってみたがキヌの一家はどこかに去ったあとだった。そこには手紙と弥平がキヌの髪に挿してあげた蒲公英(たんぽぽ)の押し花一輪が残されていた。
最後のパレード
class:
本

娘が彼から貰ったのと言って本を差し出した。
『最後のパレード - ディズニーランドで本当にあった心温まる話』
中村克、2009.3
東京ディズニーランドの係員はお客(ゲスト)をもてなすキャスト(配役)と自分たちを呼んでいる。お客が払った入場料に対して、マニュアルに添って営業用の笑顔で相応のサービスを提供しているだけだと普通で本にはならない。
そこにはそのレベルをはるかに超えた、そこまでやるか的な、無償の愛的な対応があり感動を呼ぶ。ゲストから寄せられたお礼の手紙をベースにキャスト側の元スーパーバイザが数々のエピソードを紹介する。最後の「娘のいないテーブル」はついに涙なくしては読めなかった。
マニュアルを逸脱した境でこそ感動が生まれるということを教えられた。連歌俳諧もそうか。
2009年4月11日土曜日
早春の山籠りーメモランダム
class:
紀行
3/28(土)晴れ
PM4:00に山に向かう。永福ー高井戸ー八王子ー大泉長坂
高速代¥300+400+1000
3/29(日)晴れ
ウェルシア¥6090、パノラマの湯¥450 保安林の前の原っぱで蕗の薹を収穫。


○霜柱分けて芽を出す蕗の薹
○落葉松の芽吹きは遠し鹿の糞
○早春や逃げ出す鹿の白い尻
3/30(月)快晴
石油¥881、田舎の方が安い。 庭の落ち葉掻き。
3/31(火)曇/晴れ
落葉松林に散歩用の抜け道を作る。近くの林に春蘭(じじばばw)を一株みつけた!他にはと探しても見つからない。代わりにうまそうな萱草(かんぞう)をゲット。

○春浅し山廬独居のおもしろさ
4/1(水)晴れ
落葉松の小径と飛沢池の畔で霊芝三本を見つけた!
4/2(木)快晴
樹齢二千年という神代桜、武川の湯¥450 ジュース¥120 おにぎり&パン¥410、新府城跡の桜、きらら¥2574


武川の湯では刺青さんと檜風呂で二人だけになってしまった。
○刺青と同じ湯舟や花吹雪
○入墨がこころ寄せたる藤の花
4/3(金)快晴
ガソリンJA¥5112 リッター104円は安い! 清里、小淵沢、薬用植物園 神田の大糸桜はまだつぼみで、北と西側が季節風よけの青い網がしてあり興ざめ。

4/4(土)曇
韮崎のわに塚桜、願成寺、武田信義館跡、韮崎民俗資料館、新府城跡、甘利山登山道入り口は4月末迄閉鎖とのこと。次回トライしよう。ペットボトル¥130×2



○城あとの松の色濃し初ざくら
鳳凰山願成寺の偈の和歌
○散れば咲き咲けばまた散る春ごとの花の姿が如来常住
4/5(日)晴れ
常陸秋蕎麦の粉で蕎麦打をする。村の谷戸城と資料館に行く。桜はまだ。ひまわり市場¥2097 家に帰ったら隣のMさん一家が来た。ご一緒にバーベキュウはどうかと誘われた。私は蕎麦を振る舞った。息子さんはプロの和の料理人でてんぷらをごちそうになった。なるほど。夕方Mさんは日帰りで帰っちゃった、またアローン(汗) 情報:越後鶴亀は宮内庁御用達だが有名な酒は地元ではそれほど。青柳さんという渡りの杜氏が居る酒造(現在は宝山)の酒がうまくなるとのこと。
4/6(月)晴れ
パノラマの湯¥450+110 森のそこここで山茱萸(さんしゅゆ)が花盛り。


○山茱萸の花咲く径に射す朝日
4/7(火)快晴

○がさごそと薮に分け入るきぎすかな
○森出れば広がる野良や初雲雀
○蕗味噌を焼く間とつぷり暮れる山
4/8(水)晴れ
パノラマの湯¥450+110 南隣の二軒の夫婦が来る。奥さん同士が姉妹とか言うが似てない。どういうわけか愛想がいい(あとで理由が判明した)。姉のマダムから今度バーベキューでもご一緒しましょうと言われた。
4/9(木)晴れ
ペンションのメルヘンさんの南隣の貸家にいる男の人とわんちゃんは、まえうちの北隣の大きなログハウス(サティアン)に宿泊していた人だった。メルヘンおばさんからお立寄下さいと言われた。せせらぎの小径で妻にサプリを勧めた別の奥方に出逢う。やはり今度おいでなさいと誘われた。僕ってマダムに超人気?!w
4/10(金)晴れ
南隣の二軒はサプリを含むある大手のマルチ商法のディストリビュータであることが本人の供述で判明、なんとこの私にそれを勧めてきた。我が家訓にマルチ商法と一切かかわっては駄目という条項があるw
4/11(土)
AM4:00スタートで山を下りる。ドア・ツー・ドアでジャスト2時間。高速代¥1000+300
付録:無料の無線インターネット(WiFi)でお世話になった所
FREESPOT
◎アットライフ(大泉公営駐車場)
長坂駅前
韮崎市役所
談合坂SA
フリースポット
◎オルケアの横
ブルベアの上
井富あたり
COCOの上
台が原の出口
長坂駅前
清泉寮

リゾナーレ
薬用植物園

それぞれのフリースポットさんにお礼を申し上げます。
PM4:00に山に向かう。永福ー高井戸ー八王子ー大泉長坂
高速代¥300+400+1000
3/29(日)晴れ
ウェルシア¥6090、パノラマの湯¥450 保安林の前の原っぱで蕗の薹を収穫。
○霜柱分けて芽を出す蕗の薹
○落葉松の芽吹きは遠し鹿の糞
○早春や逃げ出す鹿の白い尻
3/30(月)快晴
石油¥881、田舎の方が安い。 庭の落ち葉掻き。
3/31(火)曇/晴れ
落葉松林に散歩用の抜け道を作る。近くの林に春蘭(じじばばw)を一株みつけた!他にはと探しても見つからない。代わりにうまそうな萱草(かんぞう)をゲット。
○春浅し山廬独居のおもしろさ
4/1(水)晴れ
落葉松の小径と飛沢池の畔で霊芝三本を見つけた!
4/2(木)快晴
樹齢二千年という神代桜、武川の湯¥450 ジュース¥120 おにぎり&パン¥410、新府城跡の桜、きらら¥2574
武川の湯では刺青さんと檜風呂で二人だけになってしまった。
○刺青と同じ湯舟や花吹雪
○入墨がこころ寄せたる藤の花
4/3(金)快晴
ガソリンJA¥5112 リッター104円は安い! 清里、小淵沢、薬用植物園 神田の大糸桜はまだつぼみで、北と西側が季節風よけの青い網がしてあり興ざめ。
4/4(土)曇
韮崎のわに塚桜、願成寺、武田信義館跡、韮崎民俗資料館、新府城跡、甘利山登山道入り口は4月末迄閉鎖とのこと。次回トライしよう。ペットボトル¥130×2
○城あとの松の色濃し初ざくら
鳳凰山願成寺の偈の和歌
○散れば咲き咲けばまた散る春ごとの花の姿が如来常住
4/5(日)晴れ
常陸秋蕎麦の粉で蕎麦打をする。村の谷戸城と資料館に行く。桜はまだ。ひまわり市場¥2097 家に帰ったら隣のMさん一家が来た。ご一緒にバーベキュウはどうかと誘われた。私は蕎麦を振る舞った。息子さんはプロの和の料理人でてんぷらをごちそうになった。なるほど。夕方Mさんは日帰りで帰っちゃった、またアローン(汗) 情報:越後鶴亀は宮内庁御用達だが有名な酒は地元ではそれほど。青柳さんという渡りの杜氏が居る酒造(現在は宝山)の酒がうまくなるとのこと。
4/6(月)晴れ
パノラマの湯¥450+110 森のそこここで山茱萸(さんしゅゆ)が花盛り。
○山茱萸の花咲く径に射す朝日
4/7(火)快晴
○がさごそと薮に分け入るきぎすかな
○森出れば広がる野良や初雲雀
○蕗味噌を焼く間とつぷり暮れる山
4/8(水)晴れ
パノラマの湯¥450+110 南隣の二軒の夫婦が来る。奥さん同士が姉妹とか言うが似てない。どういうわけか愛想がいい(あとで理由が判明した)。姉のマダムから今度バーベキューでもご一緒しましょうと言われた。
4/9(木)晴れ
ペンションのメルヘンさんの南隣の貸家にいる男の人とわんちゃんは、まえうちの北隣の大きなログハウス(サティアン)に宿泊していた人だった。メルヘンおばさんからお立寄下さいと言われた。せせらぎの小径で妻にサプリを勧めた別の奥方に出逢う。やはり今度おいでなさいと誘われた。僕ってマダムに超人気?!w
4/10(金)晴れ
南隣の二軒はサプリを含むある大手のマルチ商法のディストリビュータであることが本人の供述で判明、なんとこの私にそれを勧めてきた。我が家訓にマルチ商法と一切かかわっては駄目という条項があるw
4/11(土)
AM4:00スタートで山を下りる。ドア・ツー・ドアでジャスト2時間。高速代¥1000+300
付録:無料の無線インターネット(WiFi)でお世話になった所
FREESPOT
◎アットライフ(大泉公営駐車場)
長坂駅前
韮崎市役所
談合坂SA
フリースポット
◎オルケアの横
ブルベアの上
井富あたり
COCOの上
台が原の出口
長坂駅前
清泉寮
リゾナーレ
薬用植物園
それぞれのフリースポットさんにお礼を申し上げます。
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