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2013年4月15日月曜日

『貞享式海印録』ー 正風復古の願ひを起して同じ流れに遊ばゝや


幕末に原田曲齋は芭蕉在世時の蕉門の式目作法を分析定義した。本書は正風の俳諧師を自認する人のための座右の書/虎の巻である。#jrenga 連歌 俳諧 連句   電子版が国立国会図書館の近代デジタルライブラリにアップされている。
所収:俳論作法集 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/39  
書籍は日本の古本屋  http://www.kosho.or.jp/servlet/bookselect.Kihon で俳論作法集を検索すれば数冊ヒットする。

電子版『貞享式海印録』を活用できるように目次をURLリンク化した。

       頁 コマ番号      画像のURL          
貞享式海印録  56 39 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/39  
目録      58 40 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/40 
一の巻
 発句     72 47 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/47   
 脇 身柄の論 74 48 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/48  
 第三の節  119 70 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/70  
 三物    136 79 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/79   
 表物    138 80 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/80  
二の巻
 去嫌惣論  141 81 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/81 
 表の事   143 82 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/82   
 四句目   149 85 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/85 
 裡移り   150 86 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/86 
 匂花挙句  151 86 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/86 
 奉納    159 90 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/90 
 夢想    163 92 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/92 
 追善    165 93 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/93 
 人倫と噂の弁172 97 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/97 
 支体    195 108 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/108 
 病     199 110 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/110 
 述懐    200 111 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/111 
 山類    202 112 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/112 
 水辺    204 113 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/113 
 雑場    207 114 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/114 
 居所    212 117 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/117 
三の巻
 恋     217 119 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/119 
 旅     236 129 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/129 
 名所    237 129 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/129 
 神釈無常  242 132 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/132 
 乾坤門   252 137 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/137 
 時分    263 142 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/142 
 夜分    266 144 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/144 
 時節    267 144 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/144 
 四季    270 146 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/146 
 雑     285 153 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/153 
四の巻
 月     294 158 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/158 
 素秋    322 172 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/172 
 日     326 174 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/174 
 星     330 176 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/176 
 花     330 176 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/176 
 植物    350 186 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/186 
 生類    358 190 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/190 
五の巻
 填字    365 193 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/193 
 別吟    367 194 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/194 
 留字    369 195 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/195 
 辞てには  381 201 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/201 
 体言用言  395 208 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/208 
六の巻
 火体    457 239 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/239 
 色立    459 240 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/240 
 畳付    460 241 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/241 
 一字一点  463 242 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/242 
 准付    467 244 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/244 
 軍事地獄  470 246 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/246 
 死活    475 248 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/248 
 一句立   477 249 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/249 
 両体用   481 251 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/251 
 輪廻    483 252 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/252 
 内外    485 253 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/253 
 禁物並変格 487 254 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/950166/254


参考:佐々醒雪の解題

 全編芭蕉の伝書といふ貞享式、一名二十五条を根拠として、許多の俳諧に例証を求め、蕉門俳諧の式目を帰納的に論断せんとしたるものなり。 

 かの二十五条が芭蕉より其角、去来に伝り、去来より支考に伝りたりといひ、又は支考の偽作なりといふ、その当否は今必しも定むるを要せず。 

 曲斎は芭蕉の出席せる俳諧の巻々を悉く調査し、その足らざるものを、直門の高足等が俳諧によって補ひて、実例を根拠としたる通則を発見し、これを二十五条及び貞徳風と比較したるものなれば、蕉門の式目としては、既に疑念を挿み難き断案を下したものといふべし。  

 引用せる俳書数百部、芭蕉とその高弟との著は成し得る限り渉猟せるものにして、天明期以前の俳諧の形式は殆どここに尽きたりといふべし。

2013年1月18日金曜日

発句考


1、 蔦の葉は残らず風のそよぎ哉 荷兮  発句はかくのごとく、くま
   ぐままでいひつくすものにあらずとなり。(去来抄 去来)

2、 下臥につかみわけばや糸ざくら 其角  いひ課(おほ)せて何か
   ある。(言い尽くして何があるか、何も残らない。)(去来抄)

3、 発句は物をとり合せすれば出来る物なり。それをよく取合せするを
   上手といひ、あしきを下手といふなり。(去来抄)

4、 発句の事は行って帰る心の味なり。たとえば、山里は万歳おそし梅
   の花 といふ類なり。(三冊子 土芳)

5、 句姿も高く位よろしきをすべしとむかしより言ひ侍る。先師は懐紙
   の発句かろきを好まれし也。時代にもよるべき事にや侍らん。(三冊子)

6、 切字なくては発句の姿にあらず、付句の体也。切字を加へても付句
   の姿ある句あり。誠に切れたる句にあらず。又切字なくても切れる
   句有り。(三冊子)

7、 発句はその座の風景、時節相応、賓主の挨拶による事常の習也。(俳諧
   無言抄 梅翁)

8、 発句案じ方の事 発句を案ずるには先づ題に結ばむと思ふものを、
   胸中に画きて見るべし。鏡花水月の案じ方といふなり。。。只句は
   言尽すまじきものなり。。。上手の画は画外に在り、上手の詩歌は、
   言外に風情を備ふ。(俳諧発句小鏡 蓼太)

9、 句に理屈を抜く事 発句は理屈より案ずべからず。(俳諧発句小鏡)

2013年1月10日木曜日

俳諧に迷ひて俳諧の連歌といふ事を忘れたり 

去来抄  日本名著全集 江戸文芸之部第二巻 芭蕉全集  

魯町曰。俳諧の基とはいかに。

  訳:魯町が言った。「俳諧の基(もとい:基礎・土台)とはなにか?」

去來曰。詞にいひがたし。凡吟詠するもの品あり。歌は其一なり。其中に品
あり。はいかいは其一なり。其品々をわかちしらるゝ時は、俳諧連歌はかく
のごときものなりと、おのづからしらるべし。

  訳:去来が言った。「一言では言いにくい。おおよそ吟詠する詩歌にも
    種類がある。和歌はその一つだ。その中にも種類がある。俳諧歌は
    その一つである。その種類を分けてそれぞれが理解できた時に、俳
    諧の連歌とはこういうものだと自然にわかるだろう。」

それをしらざる宗匠達はいかいをするとて、詩やら歌やら、旋頭・混本歌や
ら知らぬ事をいへり。是等は俳諧に迷ひて、俳諧連歌といふ事を忘れたり。

  訳:「それ(俳諧の連歌の詩歌における成り立ち・位置付け)を知らな
    い宗匠達は、俳諧をすると言って漢詩やら和歌やら、旋頭歌、混本
    歌やらわけのわからぬことを言っている。これらは俳諧という言葉
    に迷わされて、俳諧が俳諧の連歌だということを忘れてしまったの
    だ。」

俳諧をもて文を書ば俳諧文なり。歌をよまば俳諧歌なり。身に行はゞ俳諧の
人なり。唯いたづらに見を高くし、古をやぶり、人に違ふを手がらがほに、
あだ言いひちらしたるいと見苦し。

  訳:「俳諧の心(滑稽、おかしみ、戯れ)をもって文章を書くならば俳
    諧文である。俳諧の心をもって和歌を詠むならば俳諧歌である。俳
    諧の心をもって行動するならその人は俳諧の人である。ただ無駄に
    考え方を高慢にし昔からのやり方を破り、他人と違うことを自慢顔
    にいいかげんなことを言い散らしている輩がいるがとても見苦しい。」

かくばかり器量自慢あらば、はいかい連歌の名目をからず、はいかい鐵炮と
なりとも、亂聲となりとも、一家の風を立てらるべし。

  訳:「それほど自分の才能が自慢ならば、俳諧の連歌という名前を借り
    ずに、俳諧鉄砲とでも、乱声(らんじょう)とでも名付け、俳諧の
    軒を借りずに一家を立てるべきであろう。」

コメント:
『去来抄』の修業教の冒頭に不易流行と並んである一文である。芭蕉の在世
当時から本分を忘れたあやしい俳諧もどきが横行していたようだ。

●「俳諧は上下取り合わせて歌一首と心得べし。」支考『芭蕉翁二十五箇条』の第一条で心は去来抄の一文と同じである。以下の記述も同様である。

●「俳諧もさすがに和歌の一体なり。句にしをりの有るやうに作るべし。」(去来抄)

●「発句の脇は歌の上下(かみしも)也。是を連ねるを連歌といふと云。一句一句に切るは長くつらねんが為なり。」(去来抄)

●「俳諧は歌なり。。。和歌に連歌あり。俳諧あり。。。古今集にざれ歌を俳諧歌と定む。是になぞらへて連歌のただごとを世に俳諧の連歌といふ」(三冊子)

現代の連句界はとながめてみると、俳諧は俳諧の連歌で二句で短歌になるよ
うに詠むことを忘れた、温厚な去来が思わず怒りをこめて言った俳諧鉄砲や
乱声の輩の末流が跋扈している感がある。

参考: 連歌とは

2012年12月5日水曜日

芭蕉の仕損じ



          (『誹諧深川集』元禄六年)


#jrenga 所収:原田曲齋『貞享式海印録』

許六曰く。巻出来終りて師曰く。「此誰の字は全く前句の事也。これ仕損じ也」といへり。(『こ東問答』) 

    薄りと門の瓦に雪降て     許六 (うっすりと)
      高観音に辛崎を見る    洒堂
    今はやる単羽織を着連立ち   嵐蘭
      奉行の鑓に誰れも隠るゝ  芭蕉  

四句目の芭蕉の付句、別に問題ないんじゃないと思う人は連句は今一。アウト! 誰れは前句の人々のことで前句に縋っている。

「蕉門の付句は前句の情を引き来るを嫌ふ。ただ前句はこれいかなる場、いかなる人と、其事其位をよく見定め、前句を突き放して付くべし」と言っている張本人の失策である。

仕損じならば直し給えと弟子らは言わず、芭蕉本人も自ら直そうとしなかったらしい。悪い例も残せば後人の為になると考えたのだろうか。

2012年12月4日火曜日

蕉門の前句の意を転ずる妙法

見立・趣向・句作の定法十三条  所収:原田曲齋『七部婆心録』


俳諧の連歌において付句は、以下の三つのプロセスによって行われる。
(1)見立:前句の意を転ずる案じ方で前句をどういう場面と見立てるか、
決める。
(2)趣向:初念の見立に対し付句をいかなる場、人、体、用、情、趣意
の趣向(付けの物柄)とするか、前句に対しいかなる姿勢、重ー起
情、中ー会釈、軽ー遁句で付けるか、起情、会釈は曲節ありなしの
どちらでいくか決める。
(3)句作:見立と趣向を掛け合わせ、古語、俤取り、余情などを加味し 
て一句を仕立てる。
この三つを備えない句は大方、前句の註(説明)か一向に付かない句で
ある。

見立の五条
一、前句の上中下に言葉を添えて魂を替える法。

一、に留て留の句を見替えるには、に、ての後ろに言葉を添えること
定法なり。

一、何に対してかく言うと前句を咎める案じ方あり。

一、前句を虚(嘘)に言う言葉と見て、付句にその続きの戯言を付ける。
付句例 鼓手向くる弁慶の宮、麻刈といふ歌の集む

一、即体 其用や其情の句が並んだとき体ある物に見立てる。

趣向の五条
一、准(なぞらえ)付 人情をものに譬えた前句には其のものに対
して付ける。

一、逆付(後付) 前句より先に起こるべき事象を後から付ける。

巾に木槿を挟む琵琶打
牛の跡弔ふ草の夕暮に

一、裏付 前句の言葉の裏の意味を読み付ける。

道のべに立ち暮らしたる禰宜が麻
楽する頃と思ふ年延

一、それにつけてもの用 前句の内容であるが、それにつけてもと
案じる。

一、空撓め 前句とは何の付け筋もなくふと思い浮かんだ姿をもっ
て直感的に句を付ける。それでいながら無心所着(短歌として意
味不明)ではない。蕉門の秘法・妙法とも言われるが芭蕉自身も
直弟子にも具体的に説明し得ない絶妙の術と言う。支考は証句と
して以下を挙げたが、七部集を繙き付け筋はわからないが意味は
通じる付句を探して、自分で判断し学ぶしかないのかも知れない。

障子に影の夕日ちらつく
婿殿はどれぞと老の目を拭ひ

句作の三条
一、相係り(前句の見立に半ば係りの言葉があれば付句も前句に
半ば懸けて作る。)、係付(前句を平生ならず見立てるとき
は、見立ての中の言葉で前句にもたれるように作る。) 結
付(前句に情か用の言葉がありその意を転ずるときは、付句
は其場、其体をもって作る。)

一、不用の用 後句を付けやすくするために付句には不用な言葉を
付加する。

一、執中の法 前句の余情から中心となる一二三字の単語を連想し意
味的には直接関係のない句を付ける。

糊強き袴に秋を打うらみ
鬢の白髪を今朝見付けたり    老を連想

手紙を持ちて人の名を問ふ
本膳が出ればおのおのかしこまり   振舞を連想    

此の秋も門の板橋崩れけり
赦免にもれて独り見る月      左遷を連想

感想:
曲齋の『貞享式海印録』は、芭蕉俳諧の作法がどういうものだったか窺う
には最適な書である。芭蕉門には前句の意を転ずる妙法なるものがあるか
ら古式のような式目は不用なのだという記述が含まれている。

その妙法とは匂付け(余情付け)、執中の法、空撓め、見立て替えかと私
は見当を付けたが自信はない。評釈が嫌いできちんと読んだことがなかっ
た芭蕉七部集の評釈本『七部婆心録』の註釈の仕方を解説した中に上述の
コンパクトな記述を発見(^^)した。曲齋はこれを基に『附句見立鏡』という
書を構想していたらしい。実際に発刊したのかは今の所不明である。

曲齋が考える妙法には、私が見当を付けた四項目は含まれていたがそれば
かりではなかった。また、すべての付けは、前句の見立てなのだという考
えに立っており、連句は見立て替え(曲解)の文芸なのだという説の論拠
になり得そうである。難解で正しく咀嚼できたかは自信がない。今まで見
立、趣向、句作を一緒くたにしてきた自身の付け転じに光明となることを
祈る。

上述を踏まえて平易な短い言葉で芭蕉流の付け転じ方を縮めて言えば以下
のようになるだろうか。

【前句の言外に言ひ残したるもの・余情・曲解から見立て、趣向は遠く、
句作は近く(短歌になるように)付けるべし。】

2012年11月11日日曜日

すべて一句にいひ尽くしたるは、あとあと付けがたきものなり

    はつの亥の子に丁度しぐるる
  生鯛のぴちぴちするを台にのせ
    どこへ行くやらうらの三助

去来曰く、此の付句、台に載せといへる所、亥の子の祝儀と極めて此の分過ぎたり。やはり、ぴちぴちとしてはねかへり、などあらまほし。しからば次の付句までもよからむ。かかる処より句体重くなるなり。すべて一句にいひ尽くしたるはあとあと付けがたきものなり。 『去来抄』同門評

2012年11月2日金曜日

付けにくい句

   宗祇『吾妻問答』 日本古典文学大系 連歌論集 俳論集、岩波書店

問 付けにくき句とて当世嫌ふ事侍るは、いかやうの句に候哉。
答へて云はく。
吉き句も前より事つまりて更に了簡なき時も侍り。又、難句も様によりて、中々それにひかれて、上手の一興を付け出だす事も侍れば、必ず嫌ふべからず。砌公などは更に前の善悪を申さざりし人成。前句を嫌ふは、かなはぬ方よりの事成。但し、又取り込みて理聞こえず、或はてには違ひなどして、付けにくき事もおほく侍るべし。さ様の句には、砌公も付けずして、詞の字などにてやるもあり。

意訳:
一句としてみて良い句でも、前からの関係で行きづまって、それにどう付けたらよいか、少しも思案の浮かばない時もある。また、付けにくい句でもその句のあり様によっては、その付けにくい点が、かえって手ががりになって上手な者は面白い付句を詠出することもある、(そういうふうになれるように修行をすべきであって)付けにくい句をくれぐれも嫌ってはならない。宗砌師などは一度も前句の付けにくさで文句を言ったことがない人である。前句が付けにくいと言って嫌うのは、それにうまく付けることができない(修行が足りない)から、そういうことを言い出すのである。ただし、一句のうちに、さまざまな素材を盛り込んで意味が通じなかったり、あるいは、てにをはの用い方が間違っていたりして、付けにくいことも多い。そのような時は、宗砌師も付けないで言葉の字面だけであしらうこともある。

感想:
付けにくい句は自分も乱造している。他人の句に付けたあと自分の付句に練習で付けてみようとしたときにわかる。上手は後続の人が付けにくい句を付けないのかもしれないが、上述であれば、これからは安心して付けにくい句を付けよう。そして、他人の付けにくい句を逃げず逆に修行できるチャンスだと思い喜びながら付けよう(^^)

2012年10月23日火曜日

芭蕉の連句の発句


連句の発句は立句とも呼ばれる。芭蕉の立句は軽さと挨拶性があるとされる。連句に使われない独立したものを地発句と呼ぶ。地発句は後の俳句に近く重厚で主情的とされる。必ずしも両者の境は明確ではなく微妙と思われるが、連句の発句を詠む時は、座を意識しくれぐれも重く主情的な地発句(俳句)を詠まないようにせよと芭蕉は言っているのかも知れない。 参考:芭蕉の発句について 井本農一

   芭蕉の立句              脇句
 あら何ともなきのふは過てふぐと汁 寒さしざつて足の先まで  信章 延宝天和 
 此梅に牛も初音と鳴つべし     ましてや蛙人間の作    信章
 見わたせば詠れば見れば須磨の秋  桂の帆ばしら十分の月   四友
 鷺の足雉子脛ながく継ぎ添て    這句以荘子可見矣     其角
 旅寝よし宿は師走の夕月夜     庭さへせまくつもる薄雪  一井 貞享元年 
 花咲て七日鶴見る麓かな      おぢて蛙のわたる細はし  清風 貞享三年
 破風口に日かげやよわる夕すゞみ  煮茶蠅避煙        素堂
 粟稗にまづしくもあらず草の庵   薮の中より見ゆる青柿   長虹 貞享五年
 生きながらひとつに氷るなまこ哉  ほどけば匂ふ寒菊の菰   岱水
 かくれ家や目だゝぬ花を軒の栗   稀にほたるのとまる露草  栗齋 元禄二年
 あづみ山や吹浦かけて夕すゞみ   海松かる磯に畳む帆むしろ 不玉
 ぬれて行く人もをかしき雨の萩   薄がくれにすゝきふく家  亨子
 残暑しばし手毎に料理れ瓜茄子   みじかさまたで秋の日の影 一泉
 いさ子どもはしりありかん玉霰   折敷に寒き椿水仙     良品
 何の木の花ともしらず匂ひ哉    こゑに朝日を含むうぐひす 益光 元禄三年
 皷子花の短夜ねぶる昼間哉     せめてすゞしき蔦の青壁  奇香
 白髪ぬく枕のしたやきりぎりす   入日をすぐに西窓の月   之道
 半日は神を友にや年わすれ     雪に土民の供物納る    示右
 ひらひらと揚る扇や雲の峯     青葉ほちつく夕立の朝   安世 元禄四年
 月見する坐に美しき顔もなし    庭の柿の葉蓑虫になれ   尚白
 やすやすと出ていざよふ月の雲   舟をならべて置わたす露  成秀
 その匂ひ桃よりも白し水仙花    土屋薬屋のならぶ薄雪   白雪
 こんにやくにけふは売りかつわかなかな 吹揚らるゝはるの雪はな  嵐雪 元禄五年
 うぐひすや餅に糞する掾の先    日は真すぐに昼のあたゝか 支考
 芹焼やすそ輪の田井の初氷     拳るも寒し卵うむ鶏    濁子 元禄六年
 秋ちかきこゝろのよるや四畳半   しどろにふける撫子の露  木節 元禄七年
 松茸やしらぬ木の葉のへばりつき  秋の日和は霜でかたまる  文代
 秋の夜をうち崩したる噺かな    月まつほどは蒲団身にまく 車庸
 白菊の目に立てて見る塵もなし   紅葉に水を流す朝月    園女
 この道や行人なしに秋の暮     岨の畠の木にかゝる蔦   泥足

 鹽にしてもいざことづてん都鳥   只今のぼる波のあぢ鴨   春澄 延宝貞享 
 げにや月間口千金の通り町     爰に数ならぬ看板の露  二葉子
 色付くや豆腐に落て薄紅葉     山をしぼりし榧の下露   杉風
 わすれ草煎菜につまん年の暮    笊籬味噌こし岸伝ふ雪   千春
 夏馬の遅行我を絵に見る心かな   麦手ぬるゝ瀧凋む瀧    麋塒
 海暮れて鴨の声ほのかに白し    串に鯨をあぶる觴     桐葉
 何とはなしに何やらゆかし菫草   編笠敷て蛙聞居る     叩端
 磨直す鏡も清し雪の花       石しく庭のさむきあかつき 桐葉
 おもひ立木曽や四月の桜狩     京の杖つく岨の夏麦    東藤
 牡丹蕊深くはひ出る蝶の別哉    朝月凉し露の玉鉾     桐葉
 古池や蛙飛びこむ水の音      蘆のわか葉にかゝる蜘の巣 其角 端物
 花に遊ぶ虻なくらひそ友雀     猫和らかにゆるゝ緒柳   岩松
 旅人と我名呼ばれむ初しぐれ    亦さゞん花を宿々にして  由之
 星崎の闇を見よとや啼千鳥     船調ふる海士の埋火    安信
 京まではまだ半空や雪の雲     千鳥しばらく此海の月   樸言
 杜若我に発句のおもひあり     麦穂なみよるうるほひの末 知足
 初秋や海も青田の一みどり     のりゆく馬の口とむる月  重辰
 麦はえてよき隠家やはたけむら   冬をさかりに椿咲くなり  越人
 ためつけて雪見にまかる紙衣哉   凍ゐる土に拾はれぬ塵   昌碧
 箱根こす人もあるらしけさの雪   舟に焚火を入る松の葉   聴雪
 紙ぎぬのぬるとも折ん雨の花    澄てまづ汲水のなまぬる  乙孝 元禄元年
 其かたち見ばや枯木の杖の長け   千鳥来て啼よし垣の池   夕菊
 皆拝め二見の七五三を年の暮    篠竹はこぶ煤掃の風    岱水
 かげろふの我肩に立かこみかな   水やはらかにはしり行おと 曽良
 秣おふ人を枝折の夏野かな     青き覆盆子をこぼす椎の葉 翠桃
 風流のはじめやおくの田植歌    覆盆子を折て我もうけ草  等躬
 五月雨をあつめて涼し最上川    岸に蛍を繋ぐ船杭     一栄
 ありがたや雪を薫らす風の音    住みけん人の結ぶ夏草   露丸 元禄二年
 めづらしや山を出羽の初茄子    蝉に車の音添る井戸    重行
 文月や六日も常の夜には似ず    露に乗せたる桐の一葉   左栗
 すゞしさを我やどにしてねまる也  つねのかやりに草の葉を焚 清風
 しほらしき名や小松吹萩薄     露を見知りて影うつす月 コセン
 あなむざんやな胄の下のきりぎりす ちからも枯し霜の秋草   享子
 早く咲け九日も近し宿の菊     心うきたつ宵月の露    左柳
 黄鳥の笠落したる椿かな      古井の蛙草に入聲     乍木 元禄三年
 種芋や花のさかりに売ありく    こたつふさげば風かはる也 半残
 木のもとに汁も膾もさくら哉    明日来る人はくやしがる春 風麦
 牛部屋に蚊の聲よはし秋の風    下樋の上に葡萄重なる   路通 元禄四年
 水仙やしろき障子のとも移り    炭の火ばかり冬の饗応   梅人
 両の手に桃とさくらや草の餅    翁に馴し蝶鳥の児     嵐雪 元禄五年
 初茸やまだ日数経ぬ秋の露     青きすゝきに濁る谷川   岱水
 打よりて花入探れうめつばき    降りこむまゝのはつ雪の宿 彫棠
 寒菊や粉糠のかゝる臼の傍     提て売行はした大根    野
 からかさにおしわけ見たる柳かな  わか草青む塀の築さし   濁子 元禄六年
 篠の露はかまにかけし茂り哉    牡丹の花をおがむ広場   千川
 重々と名月の夜や茶臼山      肌寒しとてかり着初る   立圃
 十六夜はとりわけ闇のはじめ哉   鵜舟のあかをかゆるさび鮎 濁子
 いさみ立鷹引居るあられ哉     ながれのなりに枯る水草  沾圃
 柳小折片荷はすゞし初真瓜     間引捨たる道中の稗    洒堂 元禄七年
 秋もはやはらつく雨に月の形    下葉色づく菊の結ひ添   其柳
 升かふて分別替る月見かな     秋のあらしに魚荷連立   畦止
 
 花にうき世我酒白く食黒し     眠ヲ尽ス陽炎の痩     一晶 虚栗  天和
 狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉 たそやとばしる笠の山茶花 野水 冬の日 貞享
 木のもとに汁も膾も桜かな     西日のどかによき天気なり 珍碩 瓢  元禄三
 梅若菜まりこの宿のとろゝ汁    笠あたらしき春の曙    乙州 猿蓑  元禄
 青くても有るべきものを唐辛子   提ておもたき秋の新鍬   洒堂 深川
 口切に境の庭ぞなつかしき     笋見たき薮のはつ霜    支梁
 むめがかにのつと日の出る山路かな 処どころに雉子の啼たつ  野坡 炭俵 元禄七
 振売の雁あはれ也ゑびす講     降てはやすみ時雨する軒  野

2012年10月20日土曜日

祖翁口訣:格に入り格を出でて初めて自在を得べし


『祖翁口訣』(そおうくけつ)* 
                
一、格に入りて格を出でざる時は狭く、格に入らざる時は邪路に走る。格に入り格を出でて初めて自在を得べし。

一、詩歌文章を味て、心を向上の一路に遊び、作を四海にめぐらすべし。

一、千歳不易。一時流行。

一、他門の句は彩色のごとし。我門の句は墨絵のごとくにすべし。折にふれては彩色なきにしもあらず。心他門にかわりて、さびしをりを第一とす。

一、名人は地をよく調えしうへに、折にふれては危うき処に妙有り。上手はつよき所におもしろみあり。

一、等類作例第一に吟味すべし。

一、古書撰集に眼をさらすべし。

一、我門の風流を学ぶ輩は、先づ鶴の歩行の百韻、冬の日、春の日、瓢集、炭俵、猿蓑、あら野を熟覧すべし。発句は時代時代をわかつべし。

一、初心のうちは句数を好むべし。それより姿情をわかち、大山を越えて向かいの麓へ下りたる所を案ずべし。六尺を越えんと欲するものは、まさに七尺を望むべし。されど心高き時は邪路に入りやすく、心低き時は古人の胸中を知る事あたはず。

一、俳諧は中より以下のものとあやまれるは、俗談平話とのみ覚へたるゆへなり。俗談平話をたださんがためなり。つたなき事ばかりいふが俳諧と覚得るは浅ましき也。俳諧は萬葉の意なり。されば上天子より下土民までも味はふ道なり。唐明すべて中華の豪傑にも恥じる事なし。唯心のいやしきをはじとす。

一、手爾於葉専要たり。我が国は手爾於葉の第一の国なれば、先哲の作を味はひ、一字も麁末(そまつ)なる事なかれ。

一、句の姿は青柳の小雨にたれたるごとくにして、折々微風にあやなすもあしからず。情は心裏の花をもたづね、真如の月を観ずべし。付心は薄月夜に梅の馨へるがごとくありたし。

*注:此の「祖翁口訣」多少の疑問あれど、乙由の子麦浪の蔵せる筆記を其門人ねる信濃の眠郎が写し置きたりしを『雪の薄』に収めしものなれば、其伝来に対して敬意を表して採録したり。『一葉集』所載のものとは文字異同あり。   
in 俳文集補遺 of 日本名著全集 江戸文芸之部 第二巻『芭蕉全集』

2012年10月5日金曜日

蕉門の前句の意を転ずる妙法とは何か


まだ確証はないが1、2、3と、連歌時代から存在する4も含めた全体を指すか。

1、匂い付け(余情付け)
  前句の余情と同じ匂い・位・響きの意味的には直接関係のない句を付ける。

      灰うちたたくうるめ一枚
    此の筋は銀も見知らず不自由さよ   同じ田舎の匂い

    青天に有明月の朝ぼらけ
      湖水の秋の比良の初霜      同じ壮大な響き

2、執中の法
  前句の余情から中心となる一二三字の単語を連想し意味的には直接関係のない句を付ける。

    糊強き袴に秋を打うらみ 
      鬢の白髪を今朝見付けたり    老を連想 

      手紙を持ちて人の名を問ふ 
    本膳が出ればおのおのかしこまり   振舞を連想    

    此の秋も門の板橋崩れけり 
      赦免にもれて独り見る月      左遷を連想 
      
3、空撓め(そらだめ)
  前句とは何の付け筋もなくふと思い浮かんだ姿をもって直感的に句を付ける。それでいながら無心所着(短歌として意味不明)ではない。蕉門の秘法・妙法とも言われるが芭蕉自身も直弟子にも具体的に説明し得ない絶妙の術と言う。支考は証句として以下を挙げたが、七部集を繙き付け筋はわからないが意味は通じる付句を探して、自分で判断し学ぶしかないのかも知れない。

      障子に影の夕日ちらつく
    婿殿はどれぞと老の目を拭ひ
 
4、見立て替え(取りなし)
  打越に対する前句の意味を意図的に取り違えて句を付ける。 

      蝶はむぐらにとばかり鼻かむ   
    のり物に簾透顔おぼろなる      貴婦人を
      いまぞ恨の矢をはなつ声     仇敵に見立て替え

参考文献
(1)俳諧叢書 俳論作法集、佐々醒雪 巌谷小波校注、東京博文館、大正三年
(2)俳諧叢書 俳諧註釈集 上巻、佐々醒雪 巌谷小波校注、東京博文館、大正十三年
(3)日本俳書大系 蕉門俳話文集 上巻、春秋社、昭和四年


2012年10月2日火曜日

連句は曲解の文学、か?

連歌辞典:
【取りなし】
付け方の一体。前句の言葉や意味を、もとの意味と違ったものに取りなして転じる手法をいう。二条良基『撃蒙抄』にも見える同音異義(「恨み」を「浦見」など)に転換する詞の取りなしと、前句の場面や動作主体を転化する心の取りなしとがある。宗牧『当世連歌秘事』によれば、宗砌はこれも大事であるとしたが、宗祇は『長六文』で好ましくない例を挙げて批判した。宗長『連歌比況集』では前句のもとの内容を無視することのないように注意すべきと説く。

連句辞典:
【見立て替え】
打越の句に対して付けられた前句の趣向を、付句を付けるときに別の意味に解釈すること。主に談林俳諧で用いられた手法で、一句一句の独立性や三句の渡りを重んじる蕉風連句では、前句の解釈可能な範囲内で行われ、奇抜で極端な曲解をしたり、好んで用いるということはされない。
一例を蕉風連句から挙げると、

      蝶はむぐらにとばかり鼻かむ 芭蕉
    のり物に簾透顔おぼろなる    重五
      いまぞ恨の矢をはなつ声   荷兮 
                『冬の日』「狂句こがらし」の巻

では、蝶はむぐらにから優美な貴人をもって前句が付けられているのに、付句はその人物を戦国時代の憎々しい面構えの男と見立て替えして付けたものである。劇的な事件への急転であるが、前句自体の解釈は許容範囲内にある。

感想:
連句は曲解の文学と言った人がいるようだが、曲解(=取りなし=見立て替え)は、付けおよび転じの一手法であり一面はとらえているが言い過ぎである。またその説を批判した人は蕉風俳諧に曲解は皆無であると言っているがそれも言い過ぎであろう。

芭蕉の俳諧 匂い付け

in 付録「元禄の蕉風」佐々醒雪 in 『俳諧註釈集上巻』 東京博文館

付合には、古来三変があると、蕉風では常に説かれている。

第一は「付け物」(注 物付け)即ち貞門風の語の縁によって句を連ねることで、それが談林風では「心付け」に転じた。その「心付け」とは、前句の余意余情を以って付句を作ることをいうのである。ところが「心付け」ではなお前句の作者の作意を受けたものであるから十分に変化しない。自分の趣向が前句の作者に囚われていて面白くない。

さればとて古風な取做し付け(注:見立て替え、曲解)では、前句の作者の思い及ばぬ趣向は得られるが、丸で謎々を説いた様で、毫も詩趣がなく、言語上の洒落に落ちる。

そこで前句に囚われず自由に新意を出しつつなお語の縁をも借りないで工夫を凝らしたのが、芭蕉の創意で、所謂る匂いの付けまたは位あるいは響きの付けというのである。

匂い、位、響きは、全く同じ意味で、畢竟、前句の縁語は勿論、その余意をももとめずして、ただ前句の匂いと同じ匂いのする句を付けるということで、他の語でいえば前句の位や響きと同じ位、同じ響きの句を付けるというのである。

たとえば、

  灰うちたたくうるめ一枚

というと、自ら田舎びた匂いがするから、同じ田舎めいた匂いのする句、

  此の筋は銀も見知らず不自由さよ

と付ける。この句には銀の両替が出来ぬからうるめで辛抱したという様な意味は決してない。ただ前句と付句の匂いが相通うのみである。もし更に、

  青天に有明月の朝ぼらけ

という句をとると、自ら壮快で眼界の非常に広い様な心持ちがする、その位、その響きを以って、やはり大きな句を付けたのが、

  湖水の秋の比良の初霜

である。

2012年9月27日木曜日

正岡子規『俳諧大要』より第八章 俳諧連歌を抜粋

第八 俳諧連歌

一、易、源氏、七十二候など、その外、種々の名称あれども多くは空名に過ぎず。実際に行はるる者は歌仙を最も多しとし、百韻これに次ぐ。

一、歌仙は三十六句を以て成り、百韻は百句を以て成る。長句、短句にかかはらずこれを一句といふ。発句と最後の一句を除きて外は各句両用なるを以て、歌仙には三十五首の歌(則ち長句短句合わしたる者)あり、百韻には九十九首の歌あるわけなり。

一、歌仙は長に過ぎず、短に過ぎず、変化度に適せり。故に芭蕉以後は歌仙最も多く行はれたり。初学の人、連句を学ぶ、また歌仙よりすべし。

一、連句は変化を貴ぶ故に、その打越に似るを嫌ふ。即ち第三の句は第二句に附くこと言ふまでもなく、しかして第一句とはなるべく懸隔せるを要す。けだし第一句、第三句共に第二句に附く故に、両句動もすれば同一の趣向となり、あるいは正反対の趣向(黒と白、男と女、戦争と平和等の如し)となるを免れず。同一の趣向の変化せざるは勿論にして、正反対の趣向もまた変化せざるものなり。

一、「二句去り」、「三句去り」などといふことあり。「何句去り」とは、何句の間その物を泳みこむを禁ずといふことなり。例へば「竹は木に二句去りなり」といへば、木を詠み込し句より後二句の中には、竹を詠まれぬが如し。これらの法則は余りうるさきやうなれども、つまり法則的に変化せしめんとの意より出でたる者にして、愚人に連歌、連句を教へんがためなり。いやしくも変化の本意を知る者は、かかる人為の法則に拘泥するに及ぱず。ただ我が思ふままに馳駆して可なり。試みに芭蕉一派の連句を披き見よ。その古格を破りて縦横に思想を吐き散らせし処、常にその妙を見はすを。

一、古来定め来りし「去り」「嫌ひ」は、やや寛に過ぐるを憂ふ。二句去り、三句去りといふもの、多くは五句も六句も去らざれば変化少かるべし。

一、歌仙は分ちて表六句、裏十二句、名残の表十二句、名残の裏六句となす。

一、「月花の定座」なる者あり。そは月と花とを詠みこまざるべからざる句をいふ。即ち「月の定座」は表の第五句、裏の第七句、名残の表の第十一句とし、「花の定座」は裏の第十一句、名残の裏の第五句とす。但しこの句と固定せるにはあらず。時に応じて種々に動くべし。

一、表六句(百韻は八句)には神祗、釈教、恋、無常、述懐、人名、地名、疾病等を禁ず。窮屈なるやうなれども一理なきにあらず、従ふべし。元来歌仙全体を一つの物と見る時は、表は詩の起句の如し、故に此処はなるべくすらりとして苦の無きやうに致し、以て後段に変化の地を残し置くなり。二の表は、更に変化を要する所なりとぞ。

一、脇(第二句)には字止といふ定めあり。字止は名詞止なり。第三には「て止」といふ定めあり。これら、あながち固守すべきにもあらねど、また一理なきにもあらず。初学は古法に従ふべし。

一、春秋二季は三句乃至五句続き、夏冬二季は一句乃至三句続くを定めとす。時の宜しきに従ふべし。

一、月といふ者、必ずしも秋月なるを要せず。殊に裏の月は秋月ならぬ方、かへつて宜しからん。

一、花といふ者、必ず桜花なるを要せず。梅、桃、李、杏、もとより可なり。他季の花を用うる、また可なり。花と言はずして桜といふ、もとより可なり。各人の適宜に任すべし。 *注:古式の引用であろう。芭蕉門では桜以外の植物の花を正花とはみなしていない。

一、恋を一句にて棄てずといふ定めあり。従ふに及ばず。

一、百韻は初折表八句裏十四句、二の折表十四句裏十四句、三の折表十四句裏十四句、四の折表十四句裏八句なり。

一、百韻の月の定座は、表の終より二句目、裏(名残の裏を除く)の九句目なり。花は、裏の終より二句目なり。百韻にては殊に月花の定座に拘泥すべからず。

一、百韻は長き故に、ともすれば同一の趣向に陥りやすし。全体の変化に注意すること、最も肝心なり。一句々々の附具合も、歌仙に比すれば親句多かるべし。しからざれば窮屈なる百韻 となりをはらん。

一、規則、附様等、一々に説明しがたし。古書について見るべし。

一、俳諧連歌における各句の接続は、多く不即不離の間にあり。密着せる句、多くは佳ならず、一見無関係なるが如き句、必ずしも悪しからず。切なる関係なしとは見えながら、また前何と連続せざるにもあらざる処に、多く妙味を存するなり。初学のために一例を挙げて解釈すべし。

一、左に録する俳諧連歌は十八句より成り、召波十三回の迫悼会に催せし者と知らる。脇起とは、その座にをらぬ人の俳句を竪句(第一句)として作る者にて、追善の場合に亡き人の句を竪句とすること普通の例なり。これもまたしかなり。*注:以下各句の評釈は省略。

冬ごもり五車の反古のあるじかな  召波
  ひとり寒夜にホトギうつ月   維駒
郊外何焚やらん煙して       鉄僧
  流れの末の水は二筋      臥央
枝伐て一のまぶしを定むらし    蕪村
  甥の太郎が先づ口をきく    百池
新宅の夏を住みよき柱組      也好
  水打ちそゝぐ進物の鯛     春坡
裂けやすき糸の乱れの古袴     正巴
  妻を奪ひ行く夜半の暗きに   之兮
ちら/\と雪降る竹の伏見道    道立
  小荷駄返して馬嘶ふらん    我則
泣く/\も棺を出だす暮の月    自笑
  よからぬ酒に胸を病む秋    佳棠
小商ひ露のいく野の旅なれや    湖柳
  燕来る日の長閑なりけり    湖嵓
反古ならぬ五車の主よ花の時    几董
  春や昔の山吹の庵       田鶴


一、この連句にて、各句の附具合はそれぞれに味ひありて面白し。ただ一句として面白き句は
水うちそゝぐ進物の鯛
裂けやすき糸の乱れの古袴
妻を奪い行く夜半の暗きに
ちら/\と雪降る竹の伏見道
なく/\も棺を出だす暮の月

など、などなるべし。

明治二十八年十月二十二〜十二月三十一日

2012年6月17日日曜日

連句に於ける新しさの在処

連句に於ける新しさの在処 ー応じ方ー
 in 能勢朝次『連句藝術の性格』

 連句に於ける新鮮な感興を惹起するには如何にすれば良いであろうか。
其の点を考へると、発句に於ける新鮮味とは甚しく其の性格を異にする
事が感じられる。発句に於ての新しさは、作者と作者の対する対象との
関係に於て存在する。つまり作者が、自然なり人事なりを凝視して、そ
の自然又は人事の中から、他人の言ひ古していない所の新詩趣を探り取
って来ることが、俳句に於ける新しさである。俳句に写生などが勧めら
れ、写生によって新生命が得られたのも、こうした立脚地に立つもので
あったが故である。新しい対象を発見し、その把握の仕方と表現の仕方
に、個性的な味はひを出す事が出来れば、俳句としてはそれで十分なる
新味を獲得したものと認められるのである。

 然るに、連句の感興は、前句といふものに対して、巧妙に応ずる所が
眼目である。従って、新しさといふものは、前句への応じ方に存しなく
てはならない。自己の独創なり個性味なりを主張する点にはなくて、自
己を虚にして前句を受け入れ、自己に宿った前句の余情を噛み分けて、
その余情に対して応じて行く行き方に新味が求められる。従って、付け
た付句自身には、別に素材着眼に新しい所がなくとも、前句との関係に
於て新しさがあれば良いのである。支考が「付句は句に新古なし、付る
場に新古あり」といひ、蓼太が其の一例として「弁当と先へ来ている按
摩取」といふ前句に「しづ心なく花の散るらん」と付け示したなどは、
最も端的に此事を言ひ切ったものである。 ...

2012年6月15日金曜日

昨日の我に飽く

新しみは俳諧の花也。ふるきは花なくて木立ものふりたる心地せらる。亡き師常に願にやせ給ふも新しみの匂ひ也。その端を見しれる人を悦びて、我も人もせめられし所也。せめて流行せざれば新しみなし。新しみは常にせむるがゆへに、一歩自然にすすむ地より顕るる也。 名月に麓の霧や田のくもり と云ふは姿不易なり。花かと見えて綿畠 とありしは新しみ也。あかさうし in 服部土芳『三冊子』

2011年9月8日木曜日

序破急

●序破急
序破急の言い出しっぺはわかりませんが、論として最初に書いたのは、連歌の二条良基(『筑波問答』1372年)で、観阿弥と世阿弥(『風姿花伝』1400年~)はそれを参考に能に適用したようです。連歌では序破急の区分にゆれがみられます。

 1(序)、2(破)、3-4(急)
 1(序)、2-3(破)、4(急)

能でも区分が時代で変容があるようです。雅楽とか音楽関係では、急とはスピードと解釈している向きもみられますね。能のある区分けでは、以下のようになっていて急ではシテが狂女と鬼で、内容ともかかわっているようです。破の中にまた序破急が入れ子になっているとは恐れ入りました(^^;)

 脇能  序   神   
 二番目 破ノ序  武人  
 三番目 破ノ破  女   
 四番目 破ノ急  狂女  
 五番目 急   鬼

だれもが疑わない序破急と思っていたら、支考は『俳諧十論発蒙』の中で、「昔しの俳諧は、始中終(序破急)の法の三つをもて、鼎の如く(三鼎の喩え)尻をすえたると也。始終の二は不會底の人もあらん。」と述べ、いつもいつも始め静かに中ぱっぱ終わりは急か静か?にかのやり方は鼎のようで面白くないと疑問を呈しているようです。

芭蕉出座の作品を見てもいきなり始めからすったもんだや最後まですったもんだしているのも見受けられ、流石すべてから自由自在の芭蕉さんだと思います。


●序破急 2 連歌 筑波問答
筑波問答、二条良基

「たゞの連歌にも、一の懐紙の面(おもて:表)の程は、しとやかの連歌をすべし。てにはも浮きたる様なる事をばせぬ也。

二の懐紙よりさめき句(浮き浮きとした賑やかな句)をして、三・四の懐紙をことに逸興ある様にし侍る事なり。

楽(雅楽など)にも序・破・急のあるにや。連歌も一の懐紙は序、二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし。鞠にもかやうに侍るとぞ其の道の先達は申されし。

連歌の面に、名所・めづらしき言葉、また常になき異物・浮かれたるやうなてには、ゆめゆめし給うふべからず。これ先達の口伝なり。」 


●序破急 3 能 花伝書
『花伝書(風姿花伝)』観阿弥口述、世阿弥編著

第三 問答条々(二)

問ふ。能に序・破・急をば、なにとか定むべきや。

答ふ。これやすき定めなり。一切のことに、序・破・急あれば、申楽もこれに同じ。能の風情をもて定むべし。

まづ、わきの申楽には ... 音曲・はたらきも、おほかたの風情にて、するするとやすくすべし。第一祝言なるべし。 ... たとひ、能はすこし次なりとも、祝言ならば苦しかるまじ。これ序なるがゆゑなり。

二番・三番になりては、得たる風体のよき能をすべし。

ことさら、挙句急なれば。もみよせて、手数をいれて、すべし。 ...

 脇能  序   神
 二番目 破ノ序 武人
 三番目 破ノ破 女
 四番目 破ノ急 狂女
 五番目 急   鬼


●序破急 4 能
岩波写真文庫『能』

能の序破急と演奏順位

 初番目脇能(神能) 神  序
 二番目修羅能    男  破の前段
 三番目鬘能(女能) 女  破の中段
 四番目雑能(物狂能)狂  破の後段
 五番目尾能(切能) 鬼  急

「要約すると一日の能は正しく厳かな神能から始め、次第に優雅典麗な演技をもって幽玄の情趣を現す鬘能に移り、見物を堪能させてから変化の激しい賑やかな尾能(きりのう)を演じ、見物の眼を驚かしてサッと手際よく切上げるというのである。」

やはり、急はスピードだけを言っているのではなく、ワーッと激しく盛り上げてストンと終わる側面を持っているのだ。ただスピードを上げて無難に終わるということではない。切能を観たい。YouTubeにないか。


●序破急 5 能 花鏡
『花鏡』世阿弥、能楽論集、小学館

序破急之事

ー 略 ー

「急と申すは、挙句の義なり。その日の名残なれば、限りの風(最終の風体)なり。

破と申すは、序を破りて、細やけて(細やかに)、色々を尽くす姿なり。

急と申すは、またその破を尽くす所の、名残の一体なり。

さるほどに、急は揉み寄せて(体を激しく動かし集中する)、乱舞(格をはずれた自由な舞、速度の早い手の多い舞)・はたらき、目を驚かす気色(けしき)なり。揉むと申すは、この時分(急)の体なり。

およそ、昔は能数、四・五番には過ぎず。さるほどに、五番目はかならず急なりしかども、当時は、けしからず(むやみに)能数多ければ、早く急になりては、急が久しくて急ならず。

能は破にて久しかるべし。破にて色々を尽くして、急は、いかにも(なにがどうあろうとも)ただ一切り(一曲)なるべし。」

2011年9月6日火曜日

表十句(表六句)と発句の禁則について

 表十句(表六句)と発句の禁則について

●二条良基『連理秘抄』1345~1349年        なし

●二条良基『筑波問答』1357~1372年?
「懐紙の面(表)の程はしとやかの連歌をすべし。。。一の懐紙は序、
二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし。。。連歌の面(表)
に、名所、めづらしき言葉、また常になき異物、浮かれたるやうなて
には、ゆめゆめし給ふべからず。これは先達の口伝なり。」

●二条良基『連歌新式』(応安新式)1372年       なし
http://www.h6.dion.ne.jp/~yukineko/oansinsiki.html
(こやんさんのサイト)

●一条兼良『連歌新式追加並新式今案』1452年
『連歌新式』に追加された新式今案の連歌初学抄の中(一番後ろ)に
記述されている。(群書類従 第十七輯 連歌部版)
「近代一之懐紙、引返之第二句迄、恋、述懐、名所等、猶如面不付之。」

●心敬『ささめごと』1463年              なし

●宗祇『吾妻問答』 1467年              なし

●肖柏『連歌新式追加並新式今案等』1501年
一条兼良『連歌新式追加並新式今案』と同じ記述が連歌新式の本文の最
後の事柄として移動されている。(寛政十年写、近思文庫蔵版)
「近代一之懐紙、引返之第二句迄、恋、述懐、名所等、猶如面不付之。」
   
●松永貞徳『式目歌十種』1628年
「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧おもてにぞせぬ。」

●去来『去来抄』1702~1704年成立 1775年刊
「発句も四季のみならず、恋、旅、名所、離別等無季の句ありた
きもの也。されど如何なる故ありて四季のみとは定め置かれけん。
其事をしらざれば暫く黙止侍る」(芭蕉)

●土芳『三冊子』1702~1704年成立 1776年刊
 弟子が芭蕉にこの件で質問するくだりがある。ここで芭蕉は古来禁則
とされるものに柔軟な解釈をしようとしている。特に発句については
主客が何を詠んでもとがめるなとし、事実上、発句は何を詠んでもよ
く脇もそれに従うようにと述べている。(大部のため詳細省略)

●日本文学報会俳句部会連句委員会『昭和俳諧式目』1943年
 日本文学報会会長:徳富蘇峰 俳句部会(連句委員会):会長高浜虚子
「表六句は、成るべく穏やかに運ぶべし。」

●東明雅『連句入門』1978年
「連歌百韻は。。。序はなるべく穏かに、恋、述懐、無常、神祇、釈
教はださないことになっており、これがそのまま俳諧に引き継がれ(略)」
『三冊子』の記述の都合のいい部分だけを引用し説明している。(P40-)
 
●東明雅・丹下博之・佛渕健悟『十七季』2001年
「松永貞徳が示した、「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧
おもてにぞせぬ。」のきまりが、そのまま現代連句でも受け継がれてお
り、そのほか地名、人名、殺伐なこと、病態、妖怪なども嫌われている。」
「ただし、表六句のうちの発句だけは題材の制限は一切なく、自由に何を
詠んでもいい。」(P502-503)
    
「発句の題材には制限がなく、表六句に嫌う神祇、釈教、恋、無常、地名、
人名などを詠んでもよいが、その場の時宜にふさわしくない、例えば新築
の祝いの席で、燃える・焼けるとか、追悼の会に暗き道・迷う・罪・科な
どの語を使うことは禁物である」(p507)

『連句入門』での記述の反省を踏まえ、『三冊子』の芭蕉の意図を正しく
解釈して修正したようである。

●東明雅氏の結社『猫蓑』の式目
「表に神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧、妖怪、病体、人名、地名を嫌う。  
但し発句はこの限りではない。」 氏は自分を伊勢派と称しているようだ。

■参考文献
(1)『連歌新式の研究』木藤才蔵著、三弥井書店、平成11年4月 
(2)群書類従 第十七輯 連歌部物語部 巻第三百六『連歌新式追加并新式今案等』
(3)水無瀬三吟百韻 湯山三吟百韻 本文と索引 付 連歌新式追加并新式今案等、
   笠間書院

2011年7月18日月曜日

初心には随分許すべし。去嫌より変化の実を優先せよ!

去嫌総論 in『貞享式海印録』曲斎著

本書(芭蕉伝書『二十五箇条』支考著を指す。)
   【俳諧に指合の事は、凡そ嚔草の類に随ふべし。少しづゝの
    新古の事あり。されど一座の了簡を以て、初心には随分許すべし。】
   
    注:指合(さしあい) 連歌・俳諧で、同字語や同義語などが規定以上
      に近くに出るのを禁じること。また、そのきまり。

    注:嚔草(はなひくさ) 野々口立圃が寛永十二年に著した最古の俳諧
      作法書。
 
 ▲(曲斎の解釈を示す。):
   我家は禅俳の宗なれば、古法の去嫌を固(もと)とせずといふ心なれども、
   従容してかくいへり。

   此の故に古式に或ひは五去といふも、其の句其の句の出るに任せて五去
   にも二去にも、其の理ある物は越をも許されけり。

   初心には随分許せとあるをもて、古式に拘らざる故明らか也。素(もと)
   より去嫌を必とせざれば、是と定まりたる掟なけれど、門人は其の席々
   の證を鏡(かがみ)とせし故に、人々各々の訯き(さばき)も同意の訯きも
   あり。今則(のり)とせば、句去近き物をとるべき事也。

本書:【一句の好悪を先づ論じて、指合は後の僉義なるべし。指合とは辞の事
    也。去嫌とは象物の類也。指合、去嫌の用は、変化の為め也と。先づ
    其の故をしるべし。】

 ▲:一句の好悪とは作の事ならず。前句を、見かへしか見かへざるかと骨髄
   の変を論ずる事也。よく前情を変ずる時は、猫の越に鼠と付けても意の
   運び雲泥にて輪廻しせざれば、生類の論は時に臨みて許し、又前句を其
   の間々に付くる時は、趣向は唐天竺に異なるとも、その情通へば許すま
   じとぞ。
 
   指合とは字類の事、去嫌とは神、釋、恋、無常、名所、山川、衣食、生
   植等の模様を配る皮毛(ひもう)の変なり。この故に「後の僉義」と云へ
   り。されば恋は二より五なれども、百句続きたるも長句花短句鳥と並べ
   たる変格もあり。

   如此は前句を見かふる骨髄の変ならで、模様の皮毛に何の変かあらむ。
   抑も宗匠の能といふは、翁の金言を述ぶるのみなるを、句々出づる毎に
   掟たる付肌の論には及ばず、己が涅覔(ねちみゃく)の工夫より、なの花
   に行燈も、打越の浮名を立て、徒に句を返す宗匠もあるよし、祖師の冥
   見恥づべき事になむ。

本書:【変化の不自在より、世に指合、去嫌の掟あり。万物の法式は、此のさ
    かひにて知るべし。】
    
 ▲:連俳に去嫌を立てしは変化の為まなれど。当門には前句を転ずる妙法あ
   る故に、強ひて古式に預らずと其の理を堪破せよと也。

   つらつら惟(おもん)みるに当門専用の式と云ふは、「春秋五去にて三よ
   り五に及び夏冬二去にて一より三に至る。花は折に一つ。月は面に一つ
   にて、五去と云ふ類の外は、凡て臨機応変のさた也。」

2011年5月17日火曜日

気色(景色・景気)

「先師曰。気色はいかほどつゞけてもよし。天象・地形・人事・草木・魚虫・鳥獣のあそべる其形容みなみな気色也。」(『去来抄』修業教) 

気色(景色・景気)とは、人を含む自然の風物を対象とする心象風景。

連歌と俳諧はなにが違うのかー常識のウソ

 蕉風俳諧の発端となったと言われる、冬の日「狂句こがらし」の巻には、俳諧師芭蕉が敬慕する連歌師宗祇が出てきます。宗祇は連歌を完成させたと言われています。同様に芭蕉は俳諧を完成させたと言われています。

 一般に「連歌は景句ばかり詠んでいる」、それに対して「俳諧は人情句ばかり詠んでいる」と思われているようです。両者とも長い歴史があるのでそういう時期もあったことでしょう。

 俳諧の代表として「狂句こがらし」の巻、連歌の代表として宗祇らの「水無瀬三吟何人百韻」を見て実際の所どうなのか明らかにしてみました。

 人情句か景句かの判断は微妙な領域ではありますが、私の独断(同じ基準)を両者に公平に適用するということで。

●俳諧 冬の日「狂句こがらし」の巻 芭蕉他
http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi.htm

   人情句   景句
表   4    2
裏  10    2
名表  9    3
名裏  5    1
ーーーーーーーーーーーーー
計  28    8
   77、7% 22、2%

●連歌 水無瀬三吟何人百韻 宗祇他
http://www.h6.dion.ne.jp/~yukineko/minase.html

   人情句   景句
表   2    6
裏  10    4
二表 13    1
二裏 13    1
三表  7    7
三裏 12    2
名表 12    2
名裏  6    2
ーーーーーーーーーーーーー
計  75   25
   75%  25%
  
 この結果、連歌と俳諧を景句と人情句の多寡によって特徴付けることは無理だということが判明しました!!

 水無瀬三吟の表八句は序なので神祇釋教述懐恋旅など人情の入りやすいものが御法度で景句が多いのだと思います。これだけを見て連歌って景句ばっかりと思ってしまう人もいるでしょう。

 また俗語がなく雅語ばかりなので人情句を読んでも景句のように感じる向きもあるかも知れません。人情をものに託したり譬えたりする向きも見受けられ、表向きは景句のように見えるでしょう。

 二折や三裏、名表など破の部分はほとんどが人情句で、自他場論の北枝におこられそうです。でも芭蕉さんにはおこられないと思います。芭蕉さんもこの点に関して執着がなかったようですから。

 俳諧はもともと俳諧之連歌で俗語を使った連歌の一種(部)でした。俳諧が連歌から独立したあとも両者の違いは一点、俗語を使うかどうかに絞れると思います。俗語を正すのが俳諧だと芭蕉さんが言った意味の一端もここにあろうかと思います。

おわり

2006年08月22日21:51