2011年4月20日水曜日

芭蕉の夢とは

『漂泊の魂』井本農一編、昭和45年、角川書店
 第一編「漂泊者の系譜」唐木順三

風雅の道

1、風雅の誠を勤むるといふは、風雅に古人の心を探り、近くは師(芭蕉)の心よく知る
  べし。」(『三冊子』)

   風雅に古人の心を探りというのは、風雅において古人の心を
   探りということ、すなわち、風雅とは何かを主体的にせめあ
   かした古人の心を探ってそれを追体験せよということである。

2、造化にしたがひて四時を友とす・・・造化にしたがひ、造化にかへれ(『笈の小文』)

   風雅の道へいたるためには、私意を去り、自己執着を去るこ
   と、すなわち自己を放下して造化にかえり、造化の美を己が
   言葉によって荘厳することが課せられる。そしてそこへ到る
   ための条件として無住無庵、一所不住の漂泊の旅を、芭蕉は
   選んだ。  四時:四季

感想:上のことを踏まえて以下の句を読むとき、字面の意味以上の
   感慨をもって芭蕉が句を詠んだことを感ぜずにはいられない。
   この道とは、風雅の道のことで、枯野をかけ廻る夢とは、ま
   だ極めきっていない風雅の道の先にあるであろう境地を希求
   する心のことであろう。
   
     この道やゆく人なしに秋の暮れ
  
     旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

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