『祖翁口訣』(そおうくけつ)*
一、格に入りて格を出でざる時は狭く、格に入らざる時は邪路に走る。格に入り格を出でて初めて自在を得べし。
一、詩歌文章を味て、心を向上の一路に遊び、作を四海にめぐらすべし。
一、千歳不易。一時流行。
一、他門の句は彩色のごとし。我門の句は墨絵のごとくにすべし。折にふれては彩色なきにしもあらず。心他門にかわりて、さびしをりを第一とす。
一、名人は地をよく調えしうへに、折にふれては危うき処に妙有り。上手はつよき所におもしろみあり。
一、等類作例第一に吟味すべし。
一、古書撰集に眼をさらすべし。
一、我門の風流を学ぶ輩は、先づ鶴の歩行の百韻、冬の日、春の日、瓢集、炭俵、猿蓑、あら野を熟覧すべし。発句は時代時代をわかつべし。
一、初心のうちは句数を好むべし。それより姿情をわかち、大山を越えて向かいの麓へ下りたる所を案ずべし。六尺を越えんと欲するものは、まさに七尺を望むべし。されど心高き時は邪路に入りやすく、心低き時は古人の胸中を知る事あたはず。
一、俳諧は中より以下のものとあやまれるは、俗談平話とのみ覚へたるゆへなり。俗談平話をたださんがためなり。つたなき事ばかりいふが俳諧と覚得るは浅ましき也。俳諧は萬葉の意なり。されば上天子より下土民までも味はふ道なり。唐明すべて中華の豪傑にも恥じる事なし。唯心のいやしきをはじとす。
一、手爾於葉専要たり。我が国は手爾於葉の第一の国なれば、先哲の作を味はひ、一字も麁末(そまつ)なる事なかれ。
一、句の姿は青柳の小雨にたれたるごとくにして、折々微風にあやなすもあしからず。情は心裏の花をもたづね、真如の月を観ずべし。付心は薄月夜に梅の馨へるがごとくありたし。
*注:此の「祖翁口訣」多少の疑問あれど、乙由の子麦浪の蔵せる筆記を其門人ねる信濃の眠郎が写し置きたりしを『雪の薄』に収めしものなれば、其伝来に対して敬意を表して採録したり。『一葉集』所載のものとは文字異同あり。
in 俳文集補遺 of 日本名著全集 江戸文芸之部 第二巻『芭蕉全集』
in 俳文集補遺 of 日本名著全集 江戸文芸之部 第二巻『芭蕉全集』
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