俳諧武玉川 三篇
(底本:日本名著全集 江戸文藝之部第廿六巻 川柳雑俳集 )
冬嶺之部(十五点)
1549 牡丹を入れてかしこまる駕籠
1550 浮沓を馬鹿にして居る都鳥
1551 女の智恵の青い庚申
1552 鼓打女の肘は乳へ付け
1553 夫の盆へ残すさかづき
1554 さられた足で早乙女に出る
1555 おもひ出したる井戸掘の聲
1556 耳も歯も浮世はなれて知恩院
1557 直切た鐘の恥しい聲
1558 役の行者の行当る市
1559 遠くから楽しみにする立すがた
1560 よしのゝ山をかじる小座頭
1561 鳶を見て居る桶伏の穴
1562 寺の名の立つ夜の大名
1563 みんな寐た夢の上行く面白さ
1564 新地の障子菜の上で張る
1565 柱ごよみ寐て見る程に春近き
1566 胴につかれて帰る舟宿
1567 古河の番所の管簾なる こが、くだすだれ
1568 雪隠を借リた所でほとゝぎす
1569 帆かけ船何もない日の取ざかな
1570 夜は鼠のかゝる天秤
1571 惚ぐすり吝いながらも都にて しわい:けちる
1572 京の異見の届くはつ春
1573 売つぱな水を二日の仮枕 つばな:茅花
1574 新造の二人前付く奉加帳
1575 間合を見ては笑ふ連弾
1576 雲の峰碇の綱に湯気が立
1577 尻もちはきのふと見える大根引
1578 手代を付て初の勘当
1579 むつ言に問ひかけて見る爪の星
1580 砂に育てゝ貰ふ大磯
1581 吹るゝだけは螺貝へ銭 ほらがい
1582 我ものと思へば遠き三世相
1583 出家にしても末の松山
1584 傘を廻して通る念仏
1585 物おもひ葵咲日を見抜きけり
1586 大三十日いらぬ所に灯がとぼる
1587 掌へ貰ふたやうに星が飛
1588 汐汲の男をなぶる肩の上
1589 いき過る比丘尼の顔に腹が立
1590 青物の中に玉子の突出され
1591 死そこなうて辞世仕直す
1592 藤の使は立て請取る
1593 あかつきかけて寒い廻状
1594 ころぶ子の稲妻は目へ這入る也
1595 塩がまに赤い天窓の姉いもと
1596 長刀の師匠と聞て寄付かず
1597 物音へ心々に名を付けて
1598 雪掻のはじめは片手懐手
1599 師走にあはぬ御師の顔付 おし
1600 剃刀に羽子の程の息を懸け はごこ
1601 さればこそ様子有べき普門品
1602 樽拾ひあやふい恋の邪魔をする
1603 約束の紀念も後家のもみかへし かたみ
1604 遠くから娘の逃る焚火陰
1605 引舟に連立て行く烏打
1606 馴染が付とかはる取親
1607 眼の下の物を見くびる崖作リ
1608 飛鳥の先にたゝんと木の葉ちる
1609 取あげ婆々をもどす引汐
1610 両袖に秋風つゝむ寺小性
1611 小荷駄の首の正直に行く
1612 見送て行く蟬の小便
1613 御幸の牛の物喰ひもよし
1614 いく度だまして畳むちりめん
1615 田渋汲たらひは妻のきぬさらき たしぶくむ
1616 巻紙の二重心は跡へまき
1617 猿の戻リのみゆる高橋
1618 石切の火が飛んでから猶寒し
1619 正平紋に侘る大兵 だいひょう
1620 もしほ焼伊達はなけれど瓦がま
1621 臍へりきみの廻る堪忍
1622 庄屋の産にほらの貝ふく
1623 足軽の鞘鳴リがして電り いなびかり
1624 気のもめる時はつき出す置巨達
1625 百万遍にゆれる蓬生
1626 灯籠に手間を入れてもあぢきなし
1627 朝夕の間も大工の遅ざくら
1628 母の心へひとつ合鍵
1629 臍の緒は松坂に有リ若だんな
1630 気違を淋しく通す京の町
1631 桜川西瓜の皮も流れけり
1632 うき秋を焚て紛るゝ八王寺
1633 女が勝て捨たる光陰
1634 内侍といへば聞惚がする
1635 箔代の雨の舎りも手向草 はくしろ やどり
1636 帯した妾明るみへ出る
1637 ゆるさぬ路次の夏に破られ
1638 もたれた壁のほめく立聞
1639 根津のやき物今にすめかね
1640 背中で蠅の遊ぶ腰ぬけ
1641 旅を哀にしたる順礼
1642 聞出して無理に買せる惚ぐすり
1643 基佐を取残す大原 もとすけ
1644 百度参の跡を掃出す
1645 郭公思ひ〳〵に漕出させ
1646 初午の裏はかけ菜に気が腐リ
1647 娘が逃て追人なくなる おって
1648 過去帳に惜しい男をとめて遣る
1649 落馬を恥に立ぬ意地張
1650 追人の腰の抜るはし詰
1651 六ツと六ツとが鐘のおもいれ
1652 蚊ばしらの顔へ崩れる半太夫
1653 とし忘夫婦で仕舞ふ八重むぐら
1654 牛盗人の棒で仕かける
1655 浅草に舅が出来て歩行かね
1656 鍔の鳴る刀の売れる八王寺
1657 命あるものを残して汐干がた
1658 苦いきせるをはふる鹿聞
1659 鶯が能けれは籠に欲が出来
1660 まだ捨切らぬ神へ言伝
1661 鵜遣ひの流につれて身のひねり
1662 鰒といふ奴が出てより面白き
1663 幡に隠るゝ衣屋の嫁 はた
1664 篠懸を這ふぼんぼちの虫
1665 物思ひ蝕の盥へ寄つかず
1666 面打の振向方にかゞみ立
1667 娘の意地を立る負公事
1668 気のながい遣手へ猫の行当り
1669 能なし猿を居ゑる摂待
1670 仮名を書せてなぶる金剛
1671 かき立る手も真青に石燈籠
1672 たいこが顔にすり付る伽羅
1673 本陣のはるか奥より針の銭
1674 うまい息子のあそぶ朔日
1675 天の川淋しい幮に若旦那 かや
1676 抱付て明るく成リし恋の闇
1677 裄丈の揃はぬ内が誠なり ゆきたけ
1678 引出の走リ過たる噂言ひ
1679 いつ見た儘かけいせいの夢
1680 うき世絵書へ隣から膳
1681 めぐるいんぐわのはやい銭箱
1682 妾の親の見飽く人参
1683 開帳に下る仏を小笹ばら
1684 鰹の罪は酔て顕れ
1685 泣く子をば乳母に預けて立姿
1686 だうらくで痒い所へ手が届き
1687 うき秋をたき付て行く黒木うり
1688 鰯ある日の空に知らるゝ
1689 声を立るといふが奥の手
1690 蓬生に左まへなる風の神
1691 昼顔も溜息をつく小名木沢
1692 双六に片手のきかぬ五月雨
1693 生ながら何にあはれて常念仏
1694 燈籠の火を細々と梅寒し
1695 青いもの着るかるい疱瘡
1696 新造のわつかな願をかけながし
1697 強飯の訳も知らずに目出度日 めでたい
1698 かい敷の笹に手を引く稲びかり
1699 入智恵に口の揃はぬ恋衣
1700 念者に似合ふ大づゝみ打
1701 文盲な駕は寐て行くかゞみ山
1702 須磨とあかしは曠な知行所
1703 野守の鷹の水底を飛ぶ
1704 晦日ほど人の心にあかれけり みそか
1705 行脚の夢の顔へふろしき
1706 口留をして出す庵の小さかづき
1707 夕顔咲て汁が喰れる
1708 身の代もつて這入る蓬生
1709 寺にさへふしょう〳〵な午まつり
1710 明後日とかるく請合ふ水浅黄
1711 赤蛙国主の腹へ這入けり
1712 大黒の吝い所をゑびす講 しわい
1713 寄つてかゝつて憎む六波羅
1714 座頭の口で止る売居ゑ
1715 能い顔をさがしに出たる朝がすみ
1716 死で願ひの叶ふ書置
1717 及の笑ひのうまければ降 ぎゅう
1718 帯といふものは日本の後ろつき
1719 色々に夜着を着て見る翌る晩
1720 分別ざかり北面の武士
1721 物干へ鳶の蹴落す蟬の聲
1722 下戸の差出を責る盃
1723 紅紙燭夫から先は御意次第 べにしそく
1724 涅槃像あらゆる泪こぼしけり
1726 蕣に狐を馬の草履とり あさがお
1727 一盛リ二人の親を淋しがり
1728 蘇生の隠居人に見らるゝ
1729 枕の数を持たぬ獨リ寐
1730 そといふ文字を嬉しがる婆々
1731 喰摘にことしの物はなかりけり
1732 水に寄るわが黒髪も二つ折
1733 瀧の調子の狂ふ荒行
1734 酒にする気でぬるい雩 あまごい
1735 言たてに一つもならぬ恋の闇
1736 漸々と臍の緒落る雛の主
1737 奇麗な京に高い小便
1738 退た狐の急に餲ゑる のいた かつえる
1739 礫のやうな法の返答
1740 小姓の棹で水門を出る
1741 暖な咄して行く鉢たゝき
1742 蘆芦分舟のいたいめをする あしわけぶね
1743 嵐の巻て通る小むしろ
1744 佛より先に言るゝ毘首羯磨 びしゅかつま
1745 かばやきの煙の中に善の綱
1746 三味せんは乞食の膝へ作り付け
1747 角力取髭人参に助られ
1748 きしむ戸を踏放されて雲の峰
1749 残らず紅絹のわたる看病 もみ
1750 破軍の下を歩行く傾城
1751 三条へ出て元の気違ひ
1752 勘当された一周忌来る
1753 合口の友に成るなら御納戸茶
1754 棒を習つて憎い口聞く
1755 翌京と言ふ近江路の心持 あす
1756 茅の輪を抜ける不拍子な顔
1757 髪際に無理の残る墨染
1758 おもひ錆付くお物師の針
1759 むかしの事を思ひ切る親
1760 去年のけふ逢ふたまゝなる紋所
1761 初嵐広い通りを横に行
1762 三十に成ると女の世がすたる
1763 また針指の出来る囲れ かこわれ
1764 両方の目のいそがしき中の町
1765 誓文を立る若衆の聲高く
1766 遊行の札をさがす綻び ほころび
1767 かはらの煙リ白髭へ行く
1768 木馬の側にかゞみ見て居る
1769 土器師ともに鶉を誉て居 かわらけし
1770 にはたづみ夜も鳴鳥の水かゞみ
1771 百日法華また杖をつく
1772 寒聲の仲間はづれは物おもひ
1773 太鼓へあたり曠な散銭 はれ
1774 灌仏の湯気に隠れて一二町
1775 だかれて来たる鶏の身振ひ とり
1776 大屋も知らず玉のこし来る
1777 御物語に低い手まくら
1778 凩に向て奴の反かえり やっこ
1779 梓にかゝる若衆さびしき
1780 うき時の丁子頭に唱へ事
1781 風巾を貰ひに吉はらの屋根 たこ
1782 薬いぢりのうゑる桑の木
1783 結納にあたりのわるい若手代
1784 寐入られぬ心につかふ有つたけ
1785 枕かや見て吹かぬ山ぶし
1786 洗つた馬のかはく松かぜ
1787 小僧が智恵は飛ながら出る
1788 何所やら匂ふ新御所の雨
1789 関守に時宜をして行く傀儡師
1790 明暮に糸ゆふを汲む油うり
1791 家守の耳を鳴つぶす蟬
1792 物ぐるひ関の清水に聞惚て
1793 幮を振つて枕見出され かや
1794 本阿弥に星をさゝれて跡しさり
1795 乞食寐て居る売居ゑの門 うりすえ
1796 焚火に塩の落る腰簔
1797 雨乞に力を添へる尾長鳥
1798 こせ〳〵と何ぞ言たい念者の気
1799 二日つゞいて買かつぐ夢
1800 通れと声の尖る関もり
1801 小さい手からうまい小つゞみ
1802 はらを立とき黒髪は殖えて見へ
1803 孕器用も尻知らずなり はらみ きよう
1804 夜はほのぼのと古市の文
1805 雨の祈の光る山ぶし
1806 大造に可愛がられて長恨歌
1807 呼屋の婆々のうか〳〵と老
1808 先達の棒を集めて宿を取
1809 どつかりと寄る牢人のとし
1810 道具鄽ほど頃日の髪かたち てん:店 このごろ
1811 寡のおもひ念佛て消す やもめ
1812 らうそくに力くらべの緋縮緬
1813 焙烙売のだます村雨 ほうろく
1814 病人が看病人を連れて逃げ
1815 石の様なる名ぬし派が利く
1816 借筆に言訳くらき恋の山
1817 子宝に喰立られて歌まくら
1818 烏の子一雨づゝに羽の光り
1819 暮六つまへに大またな武士
1820 乳母乗て動かぬ池の捨小ぶね
1821 七曜へ吐く船頭の息 七曜:火星・水星・木星・金星・土星・太陽・月
1822 針箱へ額が付とかんこ鳥
1823 常念仏声が替れば近くなり
1824 隠す事なくて女房の老にけり
1825 物悦びのよごれもの着ず
1826 妾の尼の言いじらけ也
1827 灸のすゑ人を持たぬ墨染
1828 吉はらの恥もおもへば一周忌
1829 縄代に夕べころんだ下駄が浮
1830 幾度か聞く何がしの寺
1831 上戸のぶんは残る子の刻
1832 糸細工人の気を置く当麻寺
1833 春の野や飯粒をふむ山かづら
1834 恋風の横からあたる涼ぶね
1835 座頭の噺飛々に行
1836 清瀧迄はかつぐ挑灯
1837 湯どうふの有ゆゑ人の二日酔
1838 子には噺のあわぬふりつけ
1839 鳴聲は葎の宿のふとり牛
1840 鉢たゝきたゝき仕舞へば鉦の音
1841 曲だいこ若い姿のかげぼふし
1842 目の覚た縞を着て居る名代乳母
1843 呑たい折に見えぬ丸薬
1844 子にふろしきを かける日蝕
1845 つげ口は鳥に成つても憎がられ
1846 うれしさの袖も涙の大あぐら
1847 みのわの言葉問ふに及ばす
1848 隣の反吐にあはす鶏
1849 涙の雨は殿をかろしめ
1850 旦那寺春の道具に遣はれて
1851 笙の師へちらり〳〵と御扶持方
1852 若衆の肘の袖笠に出る
1853 一本松のぬれてとし寄
1854 紙雛の物にかまはぬ立すがた
1855 片折戸立ても内は生ざかな
1856 目がねでも今は暦に歯が立ず
1857 三輪の山夜の女にふりかへり
1858 側で口舌も知らぬ夢助 くぜつ
1859 くろもじに足軽の手も香ばしき
1860 色には出さぬ京の貧乏
1861 十日ほど覗かぬ様にとうがらし
1862 浪人の門田を植るやりぱなし
1863 京を相手にきつい事いふ
1864 緋の衣眠たい朝の仕事也
1865 谷七郷の魚ひかる也 やつ 鎌倉
1866 隙な日は系図見て居るゑぼし折
1867 未来の種も捨ものゝうち
1868 呼子どり青い顔から先へ出る
1869 悟り尽して元の羽二重
1870 可愛がらるゝ種の三味せん
1871 取揚婆々のおどる乗もの
1872 異見せぬ遊びははやく倦が付
1873 畳の上の蝶はふり袖
1874 家督あぶなく器用過たり
1875 稀に吉田の二階から顔
1876 桟留を着るもさかりの草履取 さんとめ
1877 山伏の火の草へ来て消へ
1878 美しい気を捨る三十
1879 よく似た顔に遠いさゝやき
1880 光陰の中にも八日十二日
1881 費な顔の見へる九重 ついえな
1882 鼓も下手に狸老けり
1883 此日ざかりに昼がほの淡
1884 茶碗ではあたりの濡る硯ばこ
1885 夢に見るつもりで昼も文まくら
1886 灯に向ふ女の顔へ夏の虫
1887 涙をかつぐ供の乗もの
1888 人形遣ひの惚どころなき
1889 貰ふたを扇で分るかきつばた
1890 はだかな人によける清水
1891 春の夜を少し買ばや宝ぶね
1892 巡礼の棒をひくのも気の転じ
1893 腹立つて着る裄が揃はず
1894 まだ寐ぬ伏見つゞく売物
1895 世のまこと忽くろむ善の綱 たちまち
1896 銀閣寺斗見残す出養生 ばかり
1897 松風ともに質に取る山
1898 遠くへ知恵を廻す餞別
1899 仲人を二階の上ではつて居る
1900 中間一人たよりない恋
1901 振袖に稲妻よけてやり過し
1902 瘭疽を病んで起請こはがる
1903 打れる瀧をにらむ剛力
1904 仲人が来れば娘は針を取
1905 宝引縄の表奉公
1906 大門で車一輛しかられる
1907 旅衣工夫を頼む同い年
1908 有たけの姿を作る願ほどき
1909 気の付ぬ林の煙をむら時雨
1910 稲妻這入窓に念佛
1911 一つ穴からわび言が出る
1912 よそ目から案じて貰ふ懸リ舟
1913 鰐口の惣名代にお乳の人 おち
1914 鳴子引よその宝を守りつめ
1915 雨まで誉て戻る仲人
1916 顔上げて空を伺ふ出かし口
1917 酢があれば生で喰れる春の海
1918 子共が持て遊ぶ錦木
1919 なまりぶし若葉の中に哀也
1920 近付の名のかはる浜萩
1921 仲人の器量が能て片だより
1922 鰹の恥の多い日暮里
1923 袖留てからよく夢を見る
1924 辛味大根をくばる小原女
1925 鍋ぶたで蚊やり押へる八重葎
1926 住吉は草へはね出す膳の露
1927 娘の唄の篳篥に合ふ ひちりき
1928 先徒士の通りに曲る潦 にわたずみ
1929 昼寐して居ても床しき葭簾 よしすだれ
1930 あほう遣ひに代々の森
1931 前うしろ陽炎もゆる四十七
1932 執行者に薪の行衛打抜れ しゅぎょうしゃ
1933 売喰の裏に淋しき捨徳利
1934 去られた妻の去リ跡へ行
1935 慈悲有る母をうらむうば玉
1936 丸山で琴三味せんに合はぬ唄
1937 大きく這入る昼の忍び路
1938 薄紅葉人形を塗る九老僧
1939 あぶない義理の出来る男色
1940 一人づゝ鏡借リ合ふ松が岡
1941 盃に追廻さるゝ大をとこ
1942 日蓮の世も僅十月
1943 汗かきの命めでたき今朝の秋
1944 一夜鮓宮と桑名の人ごゝろ
1945 忍べば内も盗人の分
1946 大宮人も蚤を取る顔
1947 蓬生へ左り前なる風の神
1948 取リさへて肌入るのを見て帰る
1949 市の有る日は遠い入相
1950 豊のあかりに拝人が来る
1951 水入れて麩も朝顔も遣ひ物
1952 こゞとの口で燈明を消す
1953 二度迄はたてかけて見る銅盥
1954 生玉子いで呑といふ時の事
1955 経師屋の刷毛は塗師屋の影を行
1956 一重ほどおとつたやうにならの京
1957 植かへの内は早苗の男業
1958 蕣に足跡の有る物がたり
1959 女が減らす八瀬の松風
1960 夕すゞみつまる所は丸はだか
1961 惚てから遥後也恋の闇
1962 鉋ばかりが仕舞はれる音
1963 役者の駕にしぐれ見送る
1964 うき別れ臂に畳の筋を引
1965 只縫ふて居て額にて見る
1966 傘かりて絵馬の郭巨の長咄 かくきょ
1967 放し鳥行く黙礼の間
1968 事ぶれの鼻かむ袖を鈴の音
1969 四季ともに松虫のある長局
1970 子の生い立もさくい吉原
1971 軒から棒の下る夜あらし
1972 寒念仏呼込内も鉦の音
1973 此やうな顔してといふ顔は似ず
1974 奥へ召すのが武士のおとろへ
1975 草履へ飛んで下る棚経
1976 解けば妾の気に障るなぞ
1977 局の部屋へ狐なくなる
1978 房までもむやつく室の長枕
1979 あきらめて居る口へ人参
1980 追詰て見てまだ後家でなし
1981 棒突は欠びの顔を水かゞみ
1982 三味せんの隣をうらむ山ざくら
1983 はたけば匂ふ宇治のさむしろ
1984 心程行かれぬ年の茶碗うり
1985 見立違で夜を長く寐る
1986 蚊がたかる取あけ婆々の足のうら
1987 舟引の筋違ふ形りに雨が降
1988 母は半に戻る軽業
1989 蕣のさきて結れるみだれ髪
1990 一口の湯も養生のはしとなり
1991 世捨人むかしの気にて夏を待
1992 蘭の香に出入心もうつくしき
1993 掃出せば廻つて這入蝸牛
1994 むかしのさらぬ人形の顔
1995 池上参り珠数のふり合
1996 ゆさばりに小僧を乗せて誤らせ
1997 人みせにせぬ孝行は人が知る
望楼之部(二十点)
1998 可愛がられて今に浪人
1999 犬追ふ物も仕立屋が付く
2000 連の出る内雞を抱く
2001 むかしの㡡の余る隠れ家 かや
2002 いつの間に刀をさして夷講
2003 待わびのむしられ物に桜草
2004 波風の相応に立男ぶり
2005 見事に濡れて母へ傘
2006 向うの軒の近い正月
2007 屋根板の飛ぶ冬の白川
2008 若葉に成て御鬮隠るゝ みくじ
2009 見もせぬ文でげぢ〳〵を追ふ
2010 人知れずこそ面白い科
2011 俗で拍子のぬける柴の戸
2012 たゝかれる人も扇も其日切
2013 わかめの波へ投ふる松明
2014 あぶなく乗て通る馬医者
2015 松風に気の付かぬ剛力
2016 殖ずに仕廻ふ母上の金
2017 聞よりはやく母は呪 まじない
2018 萩の上からやせる蚊の聲
2019 百夜を越して傘が干る
2020 椽へならべる蛍見の膳
2021 けふからは帯の短い菊の花
2022 江戸のぬかりは夜のあみ笠
2023 山伏の一間置に低く吹
2024 鼬に棒を投る大門 いたち
2025 手を引た女別れるにはたづみ
2026 西日の町に捨てゝ有る人
2027 よし原で翌の仏の凄く成
2028 鶏のなみだのかゝる俎板
2029 仲人が来て笑ふ神主
2030 恋にひかれて若いかんきん
2031 奈良に三日は一生の損
2032 傾城の住ふ所に夜はなし
2033 旅でも茶屋は生た物いひ
2034 純子は繻子の若い兄分 どんす
2035 鼠の痩に這入る新蔵
2036 大晦日もうばはうきもの
2037 志賀のむかしを近く言なす
2038 今度も女伯母ひとり誉
2039 平鬠のうごくうたゝ寐 もとゆひ
2040 河風を串にさゝばや御祓川
2041 懐の子をゆり起す願解き ほどき
2042 樹の上で追人の者の小言聞
2043 警固の杖の黄ばむ六月
2044 強力を先へ押出す丸木ばし
2045 古郷は木綿の強い斗也
2046 桜草にて過る中陰
2047 馬を呵るに馬士の一声
2048 関守の手を洗ふ黒髪
2049 傘提るひより見の伊達
2050 空也寺へうたんのなる垣を結
2051 糠屋へ来るは聟の本望
2052 女に垣のゆるい九重
2053 金剛杖を倒す松風
2054 干鮭の目もこがらしの道
2055 哀は上へ知れぬよし原
2056 尼に成つても乳の張る寺
2057 問屋の向ひ鸚鵡つたなし
2058 六十四州眠る元日
2059 鳥居が立つて夜明新らし
2060 家内が立つて見たる鮟鱇
2061 陽炎の中に乞食の物狂ひ
2062 盛上られて動くこんにやく
2063 雷の落つく後家をあてこすり
2064 むかし咄に庵の戸が明
2065 此ごろの銭座つぶれて松の風
2066 色に出て其行末は青あらし
2067 死んだ女郎を誉る初雪
2068 都鳥若衆の舟は漕おくれ
2069 六月のひなたにぬかる長まくら
2070 酔ぬ鰹を草の戸の曠 はれ
2071 本卦がえりも同じ魂
2072 かたみの髪の見る度に減
2073 鹿を夢見て奈良に落着
2074 新地に道の殖る優婆塞
2075 栗の花ほうけて簔も草の音
2076 京には肌をぬいだ佛閣
2077 万歳馴し婆々の挨拶
2078 開帳の江戸に着日は初松魚
2079 役の行者の松明に酔ふ
2080 かまくらで寄る勘当の年
2081 けいせい買の内のなりふり
2082 双六の賭に夫の顔を見る
2083 黒焼でした恋も生死
2084 鉋屑ふく若い入相
2085 柄杓のそこをさらす蓬生
2086 いひ訳済むと元の大聲
2087 腹たつ顔の坤見る ひつじさる
2088 さゞ波や古あみ笠の流れ行
2089 四十八夜は後家の光陰
2090 臑から灯す今の万灯
2091 木挽の臍の燃る昼がほ
2092 高尾が願ひ道哲を見る
2093 黄檗は障つても鳴る物斗
2094 ひそ〳〵そゝる伶人の顔
2095 大工の知恵の凄い唐門
2096 賃仕事たまる所に草の露
2097 犬追ふ物に急な元服
2098 日数経た肴を誉るはまちどり
2099 今戸の旭煙から出る
2100 倦はしの手斧はじめは面白き
2101 鳥甲着た人の百つら
2102 分別もない夏のふところ
2103 箱御祓に少し物音
2104 宵に寐た所の違ふうき寐鳥
2105 紗綾ちりめんの中に盃
2106 おつかなそうに踏ならす胞衣
2107 へうたんを扇に乗せて世を観じ
2108 妙やくは母の覚えて初がつを
2109 ひじり窓をば振ぬ錫杖
2110 高野ひじりを留る大聲
2111 世に出る乞食瀧にうたれる
2112 横日淋しく後家の縫物
2113 琴のうしろをふせぐ母親
2114 露の身の浮世へ出ると雨が降
2115 三代先を婆々の大口
2116 草分の思案のもどる祭リ前
2117 あぶない茶屋へ蓮の実が飛ぶ
2118 百稲荷すむ小野の古道
2119 連添ふた元の起は書はじめ
2120 中間の綻を縫ふ衣がへ
2121 双六も灯の来る内の仮まくら
2122 真木も家老も御国から着く
2123 思案極て辻駕を呼ぶ
2124 四手に憎いものはふり袖
2125 付木遣ひのあらい勘当
2126 ふいご祭りに消へる鍛冶の火
2127 琵琶の聞人を持たぬ四阿
2128 ひづんだ家を誉る築しま
2129 恥しめられて寐入るものゝけ
2130 剃る気で打か夜半の柴の戸
2131 赤穂へ送る狂歌案じる
2132 床へ坐つて直す寐みだれ
2133 勘当させた人も勘当
2134 楊弓射も爪はづれもの
2135 夜の葎をたゝく借り金
2136 禁酒〳〵も気の知れた人
2137 むすんだ形りですたる水引
2138 やつこと言ふもむかし吉原
2139 高野聖にうそのない年
2140 面白くせんべいを喰ふゑぼし折
2141 うつくしい後家を怖がる節句前
2142 戸の締る音に崩るゝ辻ずまふ
2143 つゝみかね小間物売をはつせ山
2144 八重むぐら臼ぬすまれて広く成
2145 取巻て聞く聟の白状
2146 帆かけ舟半分はまだ夜が明ず
2147 つゝまれて浮人形のうき沈み
2148 昼つる蚊屋に出来た岩倉
2149 四十二の子の美しい袈裟
2150 高い手代の九重を出る
2151 薮蚊追出す夕がほのやど
2152 灯を掻立に這入る六月
2153 よく似た顔をふところへ入
2154 一つ咄の届く難波津
2155 弟出来て譲る朔日
2156 隅田のかすみを親子して漕ぐ
2157 順見送る跡の大聲
2158 川柳流れしだいに戸を洗ふ
2159 脈のうしろを仰ぐお局
2160 近く行姿はもたぬ帆かけ舟
2161 赤子拾うて邪魔な物知リ
2162 あみ笠は今の世にての隠れ笠
2163 犬追ふ物にもたぬ近づき
2164 夫婦おろかに同じ事泣
2165 宇津の谷は喰れぬ物に銭の音
2166 愛染はゑくほを守る形でなし
2167 年季が明くと重い着る物
2168 土産にならぬけふの詫宣
2169 鬼門に当る枝の我まゝ
2170 柴の戸をあなづる鶴の下リ所
2171 土蔵を建てゝ家の息継
2172 精進にうそもつかれず暮遅き
2173 ふるい日の心がゝりハ合歓の花
2174 母は命をほめる凱陣
2175 夏山の汁の枝折はたうがらし
2176 数珠きるあしたさんごじゅを買
2177 味噲汁に御意の下たる若たばこ
2178 薺のつらをふんで行く春
2179 笋に一夏もめる神宮寺 たけのこ
2180 捨舟に木食一人雲の峰
2181 起請の灰もさゆのいきほひ
2182 暑き日を追廻したる夕河原
2183 こらへ兼てか清水へ行
2184 男ひでりの中に長刀
2185 鶏買ふて夜も見に行
2186 剃刀の刃へひける光陰
2187 尾花がもとへ通ふ仲人
2188 降る雪の明リ程なるたうがらし
2189 秤に軽き水の本望
2190 口留をする精進も有リ
2191 まだ夜は縞を羽折て桑門 よすてびと
2192 狐にほれる若草の中
2193 寐かして置ていなのさゝ原
2194 罾引大きな慾はなかりけり よつでひき
不騫不崩之部(二十五点)
2195 初て雨にぬれるつり鐘
2196 麻上下の世話も寒だけ
2197 側のもの見る手枕の夢
2198 七小町気楽な時もなかりけり
2199 並んで飛べば憎い人魂
2200 帆をかけて来る京の分別
2201 喰ふ雪の降る蒸籠の上
2202 座当つくねて仕舞ふ横雲
2203 細工が出来て唇を噛む
2204 牛馬に喰立らるゝ八庄司
2205 兜巾押へて舟へ飛込む
2206 一晩は扇のしめる音頭とり
2207 高座へ立た女見たがる
2208 よい事はさせぬ西日のひがし山
2209 文が届いてかはる夕ぐれ
2210 男に持つて見れば皆夢
2211 夜食の喰人殖る宵鳴
2212 役の行者の立て居て喰ふ
2213 つれない心羽二重に倦
2214 内から帯の締るかんにん
2215 愛宕から見る祝言の家
2216 ぢろりと見ては通る桶伏
2217 宵の気で胞衣を埋れば山かづら
2218 腹立ふりを恋のはたらき
2219 浪人の心に着せる蓑と笠
2220 娘のほどく生鯛の糸
2221 迎揃て下戸のぬき足
2222 口のはしこい方が村雨
2223 雨が止んでもくらい中宿
2224 翌日は気のぬけて居るぬくめ鳥
2225 律儀に持つてくらい松明
2226 下女の奢も荒神の荒れ
2227 三つに成と枕はかなし
2228 真じ目に成るが人の衰へ
2229 跡から消える後家の分別
2230 見合て向ふの家も毒に成
2231 文を逆さにふるふ瓜網
2232 気違も春のものとは也にけり
2233 子の声も鼻にかゝつて紀三井寺
2234 思ひがけなく比丘尼有る町
2235 稲妻の大きく這入る金閣寺
2236 高い物買ふ嫁の相談
2237 二代目からは常の人間
2238 恨にも要はたつた一所
2239 若後家の二言迄は聞ぬふり
2240 鳥居からはだしに成つて願解
2241 あぶなく見ゆる名人の年
2242 江戸の言葉で借リ座敷出る
2243 無仏世界の行先に寐る
2244 乞食生るゝ松風の中
2245 新地の夢の覚る引汐
2246 旦那に成つて見たる晴天
俳諧武玉川 三篇 終
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