2011年9月25日日曜日
第三千句 第一百韻『野分雲』の巻
class:
連歌俳諧
百韻『野分雲』の巻
2011.9.5~9.24
発句 野分雲湧きて急かるる家路かな 秋 草栞
脇 すゝきが原のさわぐゆふぐれ 秋 私
第三 いつの世も名月はただ待たれゐて 秋月 ね子
4 鄙人さへもときに句を吐く 私
5 遠方の朋集まりて楽となす 栞
6 箸から滑り落つる湯豆腐 冬 ね
7 ねぇあなた毛皮のコート買っていい? 冬 私
7 省エネで家の中でも着るダウン 冬 私
8 包み隠せぬオーラ立ち出で 栞 両句に
ウ
9 ワルツ舞ふ仮面の二人刹那とて 恋 風牙
10 前世来世も夫婦なるべし 恋 ね めをと
11 出任せとおもへどうれし占ひ出 私
12 残り物には福の待つらん 栞
13 行列は流行りの店のAランチ 牙
14 学生気分にかへる古書街 私
15 紙魚の跡辿りてみても一人きり 夏 ね
16 匂ひ袋に仕舞ふ遺言 夏 栞
17 父母逝きしままの家なり草いきれ 夏 牙
17 深淵に波紋残して岩魚消ゆ 夏 牙
18 少年の日を偲ぶふるさと 私
19 ポケットに珈琲飴が溶けてゐた ね
20 なごり雪さへ何時しか止みて 春 栞
21 青空を暫し隠せよ花の雲 春花 牙
22 子が吹くシャボン玉の煌めき 春 ね
二オ
23 何股もかけるところはママ譲り 恋 私
24 初デートには椿姫観る 恋 牙
25 南仏の海へ私も連れてつて 恋 栞
26 未知を知ることこそ生きる糧 私
27 萌え萌えと会話を交はすメイドカフェ ね
28 持たす土産はえんま帳なり 栞
29 閉ざされし学舎の窓青嵐 夏 牙
30 夕立のなか跳ぶランドセル 夏 ね
31 夏休み始まるときはえびす顔 夏 私
32 料理自慢の嫁を貰ひぬ 牙
33 けふもまたブログに写真アップして 栞
34 やゝ中毒の紅茶ブレイク 私
35 不知火の揺らめく夜を楽しまむ 秋 ね
36 くノ一潜む朔日の月 秋月 栞
二ウ
37 菱摘みし池遠くなり家並ぶ 秋 牙
38 中古建て売り表札を見る ね
39 転勤は娘の転校を強ひにけり 私 こ
40 ポストにそっと返す合鍵 恋 牙
41 旧姓の年賀状見てショック受け 新年恋 栞
42 きみ住むかたに澄める初富士 新年 私
43 手に掬ひ雪解の水を味はへり 春 ね
44 仄かに花の匂ふ気がして 春花 栞
45 蝋燭のただ揺らめく夜受難節 春 牙
46 為して成せるか日本再生 ね
47 巌壁に怒涛の砕け散る飛沫 私
48 不良少女は髪を黒くし 牙
49 誘惑の逢魔時に身悶える 恋 栞
50 寄る辺さだめずまよふ浮舟 恋 私
三オ
51 記憶なき人を羨むひともゐて ね
52 忘年会の幹事頼まれ 冬 栞
53 カラオケの十八番重なり寒に入る 冬 牙
53 星付きの店人疎ら寒きびし 冬 牙
54 懐ぐあひ株価次第に ね 両句に
55 団塊の加齢でかはる世のしくみ 私
56 引き取る人の無いハムスター 牙
57 役立たぬ縁もゆかりも断捨離で 栞
58 もとは武士とや旅の墨染 私
59 いかやうな人目しのぶの乱れにて 恋 ね
60 一途な想ひ色に出にけり 恋 栞
61 即興の曲は何処かで聴いたよな 牙
62 夢の国なるシンデレラ城 ね
63 こはもても覚えずゑまふ花に月 春花月 私
64 辿々しくも踏む春舞台 春 牙
三ウ
65 蜃楼へ飛んで行きたし念力で 春 栞
66 玄奘の苦労たどるキャラバン 私
67 妖かしの跋扈するらし青き星 ね
68 道理通らぬ政界の闇 栞
69 表情を変えずに待つは絵札なり 牙
70 逆転なるか王手飛車取り ね
71 ぶつぶつと聞こえよがしに妻の声 私
72 たかべの焼けるまでに一杯 夏 牙
73 目に留るノースリーブの白き腕 夏恋 栞
74 避暑地の恋と思ひたくなし 夏恋 私
75 愛人の五人六人まで数へ 恋 ね
76 博士に返る手帳の記録 栞
77 決め玉を打たれるときの多くなり 牙
78 あれよあれよと神無月入り 冬 ね
ナウ
79 散り残る木の葉すがるや初しぐれ 冬 私
80 駆け出し記者は狙うスクープ 牙
81 リツイートされる噂は真ならず 栞
82 避難袋をもどす押入れ 私
83 缶詰の賞味期限を確かめて ね
84 誰に食はすか秋茄子の山 秋 栞
85 意地悪な雲の邪魔する月今宵 秋月 牙
86 水澄むときに死んでゆきたし 秋 ね
87 芋の露連山影を正しうす 秋 蛇笏(私)
88 最後の授業終へて一礼 牙
89 極上のアルザスワインどうですか? 栞
90 上司にゴマをするも身の為 私
91 セサミンとセシウムときに言ひ違へ ね
92 毒も薬も隣り合はせに 栞
ナウ
93 やつがれに冬薔薇とは勿体なし 冬 氷心
94 イブの夜なれば奇跡一つも 冬恋 牙
95 気のせいかモテ期に入り紅を差す 恋 ね
96 楽屋入りするあなた浮かべて 恋 栞
97 薄氷の下に蠢くもののあり 春 牙
98 花を訪ねて巡る諸国よ 春花 ね
99 忘れ得ぬ同行二人旅遍路 春 栞
挙句 肩を揉みあふ温き縁側 春 心
定座なし
__________
初折表 12345678 (1~8) 花一つ、月一~二つ
初折裏 12345678901234 (9~22) __________
二折表 12345678901234 (23~36) 花一つ、月一~二つ
二折裏 12345678901234 (37~50)__________
三折表 12345678901234 (51~64) 花一つ、月一~二つ
三折裏 12345678901234 (65~78)__________
名残表 12345678901234 (79~92) 花一つ、月一つ
名残裏 12345678 (93~100)_________
式目
正風芭蕉流準拠十カ条
投稿用
転記用
写真提供はフォト蔵さん
2011年9月13日火曜日
2011年9月8日木曜日
序破急
●序破急
序破急の言い出しっぺはわかりませんが、論として最初に書いたのは、連歌の二条良基(『筑波問答』1372年)で、観阿弥と世阿弥(『風姿花伝』1400年~)はそれを参考に能に適用したようです。連歌では序破急の区分にゆれがみられます。
1(序)、2(破)、3-4(急)
1(序)、2-3(破)、4(急)
能でも区分が時代で変容があるようです。雅楽とか音楽関係では、急とはスピードと解釈している向きもみられますね。能のある区分けでは、以下のようになっていて急ではシテが狂女と鬼で、内容ともかかわっているようです。破の中にまた序破急が入れ子になっているとは恐れ入りました(^^;)
脇能 序 神
二番目 破ノ序 武人
三番目 破ノ破 女
四番目 破ノ急 狂女
五番目 急 鬼
だれもが疑わない序破急と思っていたら、支考は『俳諧十論発蒙』の中で、「昔しの俳諧は、始中終(序破急)の法の三つをもて、鼎の如く(三鼎の喩え)尻をすえたると也。始終の二は不會底の人もあらん。」と述べ、いつもいつも始め静かに中ぱっぱ終わりは急か静か?にかのやり方は鼎のようで面白くないと疑問を呈しているようです。
芭蕉出座の作品を見てもいきなり始めからすったもんだや最後まですったもんだしているのも見受けられ、流石すべてから自由自在の芭蕉さんだと思います。
●序破急 2 連歌 筑波問答
筑波問答、二条良基
「たゞの連歌にも、一の懐紙の面(おもて:表)の程は、しとやかの連歌をすべし。てにはも浮きたる様なる事をばせぬ也。
二の懐紙よりさめき句(浮き浮きとした賑やかな句)をして、三・四の懐紙をことに逸興ある様にし侍る事なり。
楽(雅楽など)にも序・破・急のあるにや。連歌も一の懐紙は序、二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし。鞠にもかやうに侍るとぞ其の道の先達は申されし。
連歌の面に、名所・めづらしき言葉、また常になき異物・浮かれたるやうなてには、ゆめゆめし給うふべからず。これ先達の口伝なり。」
●序破急 3 能 花伝書
『花伝書(風姿花伝)』観阿弥口述、世阿弥編著
第三 問答条々(二)
問ふ。能に序・破・急をば、なにとか定むべきや。
答ふ。これやすき定めなり。一切のことに、序・破・急あれば、申楽もこれに同じ。能の風情をもて定むべし。
まづ、わきの申楽には ... 音曲・はたらきも、おほかたの風情にて、するするとやすくすべし。第一祝言なるべし。 ... たとひ、能はすこし次なりとも、祝言ならば苦しかるまじ。これ序なるがゆゑなり。
二番・三番になりては、得たる風体のよき能をすべし。
ことさら、挙句急なれば。もみよせて、手数をいれて、すべし。 ...
脇能 序 神
二番目 破ノ序 武人
三番目 破ノ破 女
四番目 破ノ急 狂女
五番目 急 鬼
●序破急 4 能
岩波写真文庫『能』
能の序破急と演奏順位
初番目脇能(神能) 神 序
二番目修羅能 男 破の前段
三番目鬘能(女能) 女 破の中段
四番目雑能(物狂能)狂 破の後段
五番目尾能(切能) 鬼 急
「要約すると一日の能は正しく厳かな神能から始め、次第に優雅典麗な演技をもって幽玄の情趣を現す鬘能に移り、見物を堪能させてから変化の激しい賑やかな尾能(きりのう)を演じ、見物の眼を驚かしてサッと手際よく切上げるというのである。」
やはり、急はスピードだけを言っているのではなく、ワーッと激しく盛り上げてストンと終わる側面を持っているのだ。ただスピードを上げて無難に終わるということではない。切能を観たい。YouTubeにないか。
●序破急 5 能 花鏡
『花鏡』世阿弥、能楽論集、小学館
序破急之事
ー 略 ー
「急と申すは、挙句の義なり。その日の名残なれば、限りの風(最終の風体)なり。
破と申すは、序を破りて、細やけて(細やかに)、色々を尽くす姿なり。
急と申すは、またその破を尽くす所の、名残の一体なり。
さるほどに、急は揉み寄せて(体を激しく動かし集中する)、乱舞(格をはずれた自由な舞、速度の早い手の多い舞)・はたらき、目を驚かす気色(けしき)なり。揉むと申すは、この時分(急)の体なり。
およそ、昔は能数、四・五番には過ぎず。さるほどに、五番目はかならず急なりしかども、当時は、けしからず(むやみに)能数多ければ、早く急になりては、急が久しくて急ならず。
能は破にて久しかるべし。破にて色々を尽くして、急は、いかにも(なにがどうあろうとも)ただ一切り(一曲)なるべし。」
序破急の言い出しっぺはわかりませんが、論として最初に書いたのは、連歌の二条良基(『筑波問答』1372年)で、観阿弥と世阿弥(『風姿花伝』1400年~)はそれを参考に能に適用したようです。連歌では序破急の区分にゆれがみられます。
1(序)、2(破)、3-4(急)
1(序)、2-3(破)、4(急)
能でも区分が時代で変容があるようです。雅楽とか音楽関係では、急とはスピードと解釈している向きもみられますね。能のある区分けでは、以下のようになっていて急ではシテが狂女と鬼で、内容ともかかわっているようです。破の中にまた序破急が入れ子になっているとは恐れ入りました(^^;)
脇能 序 神
二番目 破ノ序 武人
三番目 破ノ破 女
四番目 破ノ急 狂女
五番目 急 鬼
だれもが疑わない序破急と思っていたら、支考は『俳諧十論発蒙』の中で、「昔しの俳諧は、始中終(序破急)の法の三つをもて、鼎の如く(三鼎の喩え)尻をすえたると也。始終の二は不會底の人もあらん。」と述べ、いつもいつも始め静かに中ぱっぱ終わりは急か静か?にかのやり方は鼎のようで面白くないと疑問を呈しているようです。
芭蕉出座の作品を見てもいきなり始めからすったもんだや最後まですったもんだしているのも見受けられ、流石すべてから自由自在の芭蕉さんだと思います。
●序破急 2 連歌 筑波問答
筑波問答、二条良基
「たゞの連歌にも、一の懐紙の面(おもて:表)の程は、しとやかの連歌をすべし。てにはも浮きたる様なる事をばせぬ也。
二の懐紙よりさめき句(浮き浮きとした賑やかな句)をして、三・四の懐紙をことに逸興ある様にし侍る事なり。
楽(雅楽など)にも序・破・急のあるにや。連歌も一の懐紙は序、二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし。鞠にもかやうに侍るとぞ其の道の先達は申されし。
連歌の面に、名所・めづらしき言葉、また常になき異物・浮かれたるやうなてには、ゆめゆめし給うふべからず。これ先達の口伝なり。」
●序破急 3 能 花伝書
『花伝書(風姿花伝)』観阿弥口述、世阿弥編著
第三 問答条々(二)
問ふ。能に序・破・急をば、なにとか定むべきや。
答ふ。これやすき定めなり。一切のことに、序・破・急あれば、申楽もこれに同じ。能の風情をもて定むべし。
まづ、わきの申楽には ... 音曲・はたらきも、おほかたの風情にて、するするとやすくすべし。第一祝言なるべし。 ... たとひ、能はすこし次なりとも、祝言ならば苦しかるまじ。これ序なるがゆゑなり。
二番・三番になりては、得たる風体のよき能をすべし。
ことさら、挙句急なれば。もみよせて、手数をいれて、すべし。 ...
脇能 序 神
二番目 破ノ序 武人
三番目 破ノ破 女
四番目 破ノ急 狂女
五番目 急 鬼
●序破急 4 能
岩波写真文庫『能』
能の序破急と演奏順位
初番目脇能(神能) 神 序
二番目修羅能 男 破の前段
三番目鬘能(女能) 女 破の中段
四番目雑能(物狂能)狂 破の後段
五番目尾能(切能) 鬼 急
「要約すると一日の能は正しく厳かな神能から始め、次第に優雅典麗な演技をもって幽玄の情趣を現す鬘能に移り、見物を堪能させてから変化の激しい賑やかな尾能(きりのう)を演じ、見物の眼を驚かしてサッと手際よく切上げるというのである。」
やはり、急はスピードだけを言っているのではなく、ワーッと激しく盛り上げてストンと終わる側面を持っているのだ。ただスピードを上げて無難に終わるということではない。切能を観たい。YouTubeにないか。
●序破急 5 能 花鏡
『花鏡』世阿弥、能楽論集、小学館
序破急之事
ー 略 ー
「急と申すは、挙句の義なり。その日の名残なれば、限りの風(最終の風体)なり。
破と申すは、序を破りて、細やけて(細やかに)、色々を尽くす姿なり。
急と申すは、またその破を尽くす所の、名残の一体なり。
さるほどに、急は揉み寄せて(体を激しく動かし集中する)、乱舞(格をはずれた自由な舞、速度の早い手の多い舞)・はたらき、目を驚かす気色(けしき)なり。揉むと申すは、この時分(急)の体なり。
およそ、昔は能数、四・五番には過ぎず。さるほどに、五番目はかならず急なりしかども、当時は、けしからず(むやみに)能数多ければ、早く急になりては、急が久しくて急ならず。
能は破にて久しかるべし。破にて色々を尽くして、急は、いかにも(なにがどうあろうとも)ただ一切り(一曲)なるべし。」
2011年9月6日火曜日
表十句(表六句)と発句の禁則について
class:
連歌論俳論
表十句(表六句)と発句の禁則について
●二条良基『連理秘抄』1345~1349年 なし
●二条良基『筑波問答』1357~1372年?
「懐紙の面(表)の程はしとやかの連歌をすべし。。。一の懐紙は序、
二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし。。。連歌の面(表)
に、名所、めづらしき言葉、また常になき異物、浮かれたるやうなて
には、ゆめゆめし給ふべからず。これは先達の口伝なり。」
●二条良基『連歌新式』(応安新式)1372年 なし
http://www.h6.dion.ne.jp/~yukineko/oansinsiki.html
(こやんさんのサイト)
●一条兼良『連歌新式追加並新式今案』1452年
『連歌新式』に追加された新式今案の連歌初学抄の中(一番後ろ)に
記述されている。(群書類従 第十七輯 連歌部版)
「近代一之懐紙、引返之第二句迄、恋、述懐、名所等、猶如面不付之。」
●心敬『ささめごと』1463年 なし
●宗祇『吾妻問答』 1467年 なし
●肖柏『連歌新式追加並新式今案等』1501年
一条兼良『連歌新式追加並新式今案』と同じ記述が連歌新式の本文の最
後の事柄として移動されている。(寛政十年写、近思文庫蔵版)
「近代一之懐紙、引返之第二句迄、恋、述懐、名所等、猶如面不付之。」
●松永貞徳『式目歌十種』1628年
「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧おもてにぞせぬ。」
●去来『去来抄』1702~1704年成立 1775年刊
「発句も四季のみならず、恋、旅、名所、離別等無季の句ありた
きもの也。されど如何なる故ありて四季のみとは定め置かれけん。
其事をしらざれば暫く黙止侍る」(芭蕉)
●土芳『三冊子』1702~1704年成立 1776年刊
弟子が芭蕉にこの件で質問するくだりがある。ここで芭蕉は古来禁則
とされるものに柔軟な解釈をしようとしている。特に発句については
主客が何を詠んでもとがめるなとし、事実上、発句は何を詠んでもよ
く脇もそれに従うようにと述べている。(大部のため詳細省略)
●日本文学報会俳句部会連句委員会『昭和俳諧式目』1943年
日本文学報会会長:徳富蘇峰 俳句部会(連句委員会):会長高浜虚子
「表六句は、成るべく穏やかに運ぶべし。」
●東明雅『連句入門』1978年
「連歌百韻は。。。序はなるべく穏かに、恋、述懐、無常、神祇、釈
教はださないことになっており、これがそのまま俳諧に引き継がれ(略)」
『三冊子』の記述の都合のいい部分だけを引用し説明している。(P40-)
●東明雅・丹下博之・佛渕健悟『十七季』2001年
「松永貞徳が示した、「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧
おもてにぞせぬ。」のきまりが、そのまま現代連句でも受け継がれてお
り、そのほか地名、人名、殺伐なこと、病態、妖怪なども嫌われている。」
「ただし、表六句のうちの発句だけは題材の制限は一切なく、自由に何を
詠んでもいい。」(P502-503)
「発句の題材には制限がなく、表六句に嫌う神祇、釈教、恋、無常、地名、
人名などを詠んでもよいが、その場の時宜にふさわしくない、例えば新築
の祝いの席で、燃える・焼けるとか、追悼の会に暗き道・迷う・罪・科な
どの語を使うことは禁物である」(p507)
『連句入門』での記述の反省を踏まえ、『三冊子』の芭蕉の意図を正しく
解釈して修正したようである。
●東明雅氏の結社『猫蓑』の式目
「表に神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧、妖怪、病体、人名、地名を嫌う。
但し発句はこの限りではない。」 氏は自分を伊勢派と称しているようだ。
■参考文献
(1)『連歌新式の研究』木藤才蔵著、三弥井書店、平成11年4月
(2)群書類従 第十七輯 連歌部物語部 巻第三百六『連歌新式追加并新式今案等』
(3)水無瀬三吟百韻 湯山三吟百韻 本文と索引 付 連歌新式追加并新式今案等、
笠間書院
●二条良基『連理秘抄』1345~1349年 なし
●二条良基『筑波問答』1357~1372年?
「懐紙の面(表)の程はしとやかの連歌をすべし。。。一の懐紙は序、
二の懐紙は破、三・四の懐紙は急にてあるべし。。。連歌の面(表)
に、名所、めづらしき言葉、また常になき異物、浮かれたるやうなて
には、ゆめゆめし給ふべからず。これは先達の口伝なり。」
●二条良基『連歌新式』(応安新式)1372年 なし
http://www.h6.dion.ne.jp/~yukineko/oansinsiki.html
(こやんさんのサイト)
●一条兼良『連歌新式追加並新式今案』1452年
『連歌新式』に追加された新式今案の連歌初学抄の中(一番後ろ)に
記述されている。(群書類従 第十七輯 連歌部版)
「近代一之懐紙、引返之第二句迄、恋、述懐、名所等、猶如面不付之。」
●心敬『ささめごと』1463年 なし
●宗祇『吾妻問答』 1467年 なし
●肖柏『連歌新式追加並新式今案等』1501年
一条兼良『連歌新式追加並新式今案』と同じ記述が連歌新式の本文の最
後の事柄として移動されている。(寛政十年写、近思文庫蔵版)
「近代一之懐紙、引返之第二句迄、恋、述懐、名所等、猶如面不付之。」
●松永貞徳『式目歌十種』1628年
「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧おもてにぞせぬ。」
●去来『去来抄』1702~1704年成立 1775年刊
「発句も四季のみならず、恋、旅、名所、離別等無季の句ありた
きもの也。されど如何なる故ありて四季のみとは定め置かれけん。
其事をしらざれば暫く黙止侍る」(芭蕉)
●土芳『三冊子』1702~1704年成立 1776年刊
弟子が芭蕉にこの件で質問するくだりがある。ここで芭蕉は古来禁則
とされるものに柔軟な解釈をしようとしている。特に発句については
主客が何を詠んでもとがめるなとし、事実上、発句は何を詠んでもよ
く脇もそれに従うようにと述べている。(大部のため詳細省略)
●日本文学報会俳句部会連句委員会『昭和俳諧式目』1943年
日本文学報会会長:徳富蘇峰 俳句部会(連句委員会):会長高浜虚子
「表六句は、成るべく穏やかに運ぶべし。」
●東明雅『連句入門』1978年
「連歌百韻は。。。序はなるべく穏かに、恋、述懐、無常、神祇、釈
教はださないことになっており、これがそのまま俳諧に引き継がれ(略)」
『三冊子』の記述の都合のいい部分だけを引用し説明している。(P40-)
●東明雅・丹下博之・佛渕健悟『十七季』2001年
「松永貞徳が示した、「名所、国、神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧
おもてにぞせぬ。」のきまりが、そのまま現代連句でも受け継がれてお
り、そのほか地名、人名、殺伐なこと、病態、妖怪なども嫌われている。」
「ただし、表六句のうちの発句だけは題材の制限は一切なく、自由に何を
詠んでもいい。」(P502-503)
「発句の題材には制限がなく、表六句に嫌う神祇、釈教、恋、無常、地名、
人名などを詠んでもよいが、その場の時宜にふさわしくない、例えば新築
の祝いの席で、燃える・焼けるとか、追悼の会に暗き道・迷う・罪・科な
どの語を使うことは禁物である」(p507)
『連句入門』での記述の反省を踏まえ、『三冊子』の芭蕉の意図を正しく
解釈して修正したようである。
●東明雅氏の結社『猫蓑』の式目
「表に神祇、釈教、恋、無常、述懐、懐旧、妖怪、病体、人名、地名を嫌う。
但し発句はこの限りではない。」 氏は自分を伊勢派と称しているようだ。
■参考文献
(1)『連歌新式の研究』木藤才蔵著、三弥井書店、平成11年4月
(2)群書類従 第十七輯 連歌部物語部 巻第三百六『連歌新式追加并新式今案等』
(3)水無瀬三吟百韻 湯山三吟百韻 本文と索引 付 連歌新式追加并新式今案等、
笠間書院
2011年9月5日月曜日
山籠り記
class:
紀行
2011年7月21日〜9月4日
7月25日 月曜日
小淵沢駅近くの老舗井筒屋でうなぎをいただく。私は白焼丼。行列のできる人気店があるとはしらなかった。渋い佇まいがいい。
◯落款の読めぬ茶掛けや鰻丼
杓底一残水と読めたが、名前が達筆か癖字か読めない、本大臣外?
7月26日 火曜日
毎日郭公が鳴いてくれるのはうれしい。
◯郭公の教える森の深さかな
◯いたづらに伸びる木止めん子規
木のてっぺんを伐っていた時、ほととぎすがてっぺんかけたかと鳴いたので失笑。
7月27日 水曜日
雨のち曇り。まだ暗い暁の雨にひぐらしが鳴いている。夕には波状攻撃のように来鳴いては去りまた来る。
◯ひぐらしの声に明け暮れ山籠り
窓から近くの草叢に鹿四頭を目撃。猫に見せようとしたら気付かれた。
◯眼が合つて逃げ出す鹿や草の庵
7月28日 木曜日
曇りときどき小雨、肌寒い。
◯すずしさを過ぎて肌さむ山籠り
8月2日 火曜日
雨読。『西行花伝』歌は宿命によって雁字搦めに縛られ浮世の上を飛ぶ自在な翼だ。浮世を包み浮世を真空妙有の場に変成し、森羅万象の法爾自然の微笑を与える。それは悟りにとどまって自足するのでもなく迷いの中で彷徨するのでもない。ただ浮かれゆく抑えがたい心なのだ。花に酔う物狂いなのだ。生命が生命であることに酔い痴れる根源の躍動といってもいい。歌はそこから生れる。
8月4日 木曜日
晴れ。新府の共撰場ではね桃をゲット。オオムラサキセンターで、ちょうど羽化したてのオオムラサキの飛翔を見た。一本の木に群れているありさまには感動。メーラレンで昼食。
8月6日 土曜日
遠征。御射鹿池、渋の湯、蓼科でイタ飯、白樺湖、霧ヶ峰、諏訪、諏訪神社秋宮、岡谷IC。
8月8日 月曜日
立秋。晴れ。清里の森を散策。ほととぎすの声を十一回聴いた。磯善で昼食。獅子岩。南牧村農業文化情報交流館でフライトシミュレータシステムに乗る。
◯清里の森は響めくほととぎす
8月14日 日曜日
晴れ。
◯朝霧とみれば草焚くけむりなり
畑。リゾナーレ、七賢。臺眠で麦とろ。金精軒。
8月15日 月曜日
晴れ。久しぶりに静かな朝。
◯蜩や生ごみ捨てに出る夫人
お隣さんとブルベアでギネス。WiFi OK
◯夕涼みがてらが長居やまのパブ
8月21日 日曜日
8時起き、霧、幽玄だ。雨読。『これならわかる能の面白さ』林望 淡交社
◯両の眼に焼きつけ置かん霧の森
◯しらぬ間に膝に猫くる雨読かな
虚実皮膜の間。よき能と申すは本説正しく珍しき風体にて詰め所ありて懸り幽玄ならんを第一とすべし。『風姿花伝』
8月24日 水曜日
喉が痛く熱があり眠れなかった。痛み止めを飲み身延山へ向かう。
◯痛み止め飲んで向かふや身延山
増穂まで中部横断自動車。富士川に沿ってひたすら南下。汗をかいたら調子が戻った。久遠寺に到着。若い修行僧の一団が太鼓をたたきながら行進中。こっちにも元気が伝わってくる。追いかけられるように日蓮の御廟・草庵跡に向かう。ロープウェイで奥の院・思親閣へ。
◯親思ひ植ゑし巨杉や雲の峰
身延山久遠寺本堂、五重の塔を見学し斜行エレベータで駐車場へ。思ったよりずっと奥の深いいいお寺だった。参道のうなぎ屋玉川楼で昼食。
◯志ん朝と読める色紙やうなぎ重
帰りがけに下部温泉の見学。下部ホテルでおみやげを買う。石原裕次郎の写真展をやっていた。彼のお気に入りの温泉だったようだ。
◯裕次郎好みし湯とや蝉しぐれ
川沿いに奥まで小さな旅館がたち並んでいる。
8月29日 月曜日
晴れときどき曇り。忍野八海へ。長坂大泉高根ICー甲府南ICー精進湖ー富士吉田うどん ムサシ 本物の味がした。ー北口富士浅間神社ー忍野八海 八海ソフト 草餅ー山中湖に向かうが途中でUターン、河口湖ミューズ館 与勇輝人形館ー西湖ー精進湖ー本栖湖ー下部道の駅 みそアイスー市川三郷町ー52号増穂ICー長坂大泉高根IC。
8月30日 火曜日
快晴。また遠征。11:00安曇野翁の蕎麦で昼食。
碌山美術館は増築されていた。日本のロダン荻原守衛が思慕した国光(相馬良)がモデルと言われる『女』を観た。これを造って守衛は灯火が消えるように亡くなったという、合掌、臼井吉見の大作『安曇野』が蘇ってきた。穂高神社。大王わさび、結構奥が深い。国宝松本城、登り降りが大変だった。旧開智学校。諏訪湖PAで薄暮の湖を眺めながらモスバーガーの夕食。
◯碌山の『女』悶える残暑かな
◯安曇野は色づき初める稲田かな
◯よろずいの水たぷたぷと稲田ゆく
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