2011年5月29日日曜日

百番連歌合(一)


1 前句   心に契る春のゆくすゑ
  付句 うき身をも友とや花は思ふらん  侍(救済:1283-1376)
  付句 人もこぬ我柴の戸に花うへて   周(周阿:  -1377)
  付句 身のあらばとばかり花の散をみて 心(心敬:1404-1475)

  付句 千歳ふる花のしづくに立ち濡れて 蘭(春蘭:私)

2      身の春たのめ神ならば神
     此のべの道あらはるゝ雪分て   侍
     なはしろの水に雨まつ歌よみて  周
     世にかすむ名をば昔もなげくらん 心

3      かすみのうちを月や出らん
     桜ちるけふの夕の山おろし    侍
     暮のこる遠山さくら道みえて   周
     ほのくらき花に色そふ夜は更て  心

参考文献
(1)百番合連歌、救済・周阿・心敬 早稲田大学図書館所蔵

2011年5月28日土曜日

百韻『復興の』の巻


第二千句第九百韻

       百韻『復興の』の巻
                   2011.5.1~5.28
1 発句 復興のそら泳ぎゆけ鯉のぼり      夏 ね子
2 脇    疎林にわか葉のもどる山里     夏 私
3 第三 廃屋の方に薪割る音のして         不夜
4      煮炊きをすれば生きた心地に      栞
5    順繰りと臓腑に染みる燗の酒      冬 夢
6      年用意にはぬかりなきなり     冬 私
7    越せぬ瀬を越して安堵の息ひとつ      不
8      夜逃げの友が呉れし絵手紙       ね
一ウ
9    もとの身のまゝに過ごせし我の居て     郎女
10     むかへの夫にきつく釘刺す       私  つま
11   欠け落ちたジグソーピース見つかりて    栞
12     太宰治を繙く夜に           夢
13   春風にとゞめ難きは恋ごゝろ     春恋 私
14     ふらこゝ揺すり誰を奪はむ    春恋 不
15   そのかみの朧月夜が胸焦がす    春月恋 ね
16     熊座に宿る淡き星影          栞
17   偉丈夫に添ふ花嫁の麗しく      雑花 私
17   触れないで我が花言葉は復讐よ    雑花 夢
18     たおやかさほど怖いもの無し      夢
19   午睡覚め県居の大人独りごつ     夏  不 あがたゐのうし
20     大江戸線に置き去りの傘        ね
20     紙魚の痕にも意味あらむかと   夏  郎
20     風鈴売りの初声を聞き      夏  夢
21   まどろめば膝より落つる文庫本       郎 三句に
21   ハネ怖しお洒落もしたし絽の着物   夏  夢 三句に
22     せめてセレブに近場クルーズ      私 両句に
二オ
23   別荘を徘徊しては品定め          栞
24     ジャーナリストの性は禿鷹       不
25   英国の新婚夫婦を憂ひをり         ね
26     八月尽に大輪の薔薇       秋  夢・栞
27   秋暑し"亜熱帯化"に真実味       秋  私
28     蜻蛉を知らぬままに育ちて    秋  ね とんぼ 
29   屋上に玉兎を愛づる都市暮らし    秋月 不
30     機械仕掛けのホームシアター      夢
31   印籠が出ると悪党平伏し          私
32     不幸に終はる大団円なし        私
33   闌を待たずして散る壬生の花     春花 夢
34     春闘といふ年中行事       春  ね
35   つい朝寝髪気にしつつ論を張る    春  不
36     夫婦喧嘩も三日目になり     恋  ね
二ウ 
37   遺されたルージュ愛しく後追ひて   恋  栞
38     罠としりつゝ嵌まる駆け引き      私
39   木偶となる快楽もありて傀儡師       夢 けらく、かいらいし
40     失脚懲りずに狙ふ政権         私
41   風評も七十五日で治めたし         ね
42     旅路の果てに山梔子香る     夏  夢
43   擦り切れたサドルの革に汗の染み   夏  不
44     ブレーキつよく握る坂道        郎
45   やまぎはゝ釣瓶落して照り残る    秋  私
46     棚田の縁に曼珠沙華咲き     秋  栞
47   前掛の地蔵の胸に赤い羽根      秋  ね
47   面影や袖の涙に宿る月        秋月 夢
48     年経る布の色あはれなる        不 両句に
49   漂泊の詩人の影を追慕して         私
49   乳を絶つ愛しき痛みよみがえり       夢
50     なほ脛齧るわが子気遣ふ        私 両句に
50     殻破らんとする鳥見つめ        栞 両句に
三オ
51   凩に道行く人は襟立てて       冬  ね 両句に
52     あたかも心隠す如くに         不
53   如何に舞はむ瀕死の白鳥人の身で      夢
53   指先でノの字を書いて微笑せり       郎
54     魔法の呪文あれば重宝         不 両句に
55   エクスペリアームス大佐覚悟せよ      栞
56     外堀埋めて男を落とし      恋  夢
57   横恋慕他人のものはよく見える    恋  私
58     監獄ロック愛欲の果て      恋  栞
59   各部屋に同じかたちの同じ空        郎
60     合わせ鏡に∞の私           夢 無限
61   1と2で世を支配するコンピューター    ね
62     あやなくさめるはるのよのゆめ  春  私
63   引き潮の沖に出てゆく花筏      春花 不
64     涅槃の西風ふと止みて凪     春  夢
三ウ
65   胸はだけライダースーツ舌打ちす      不
66     発車ブザーの響く改札         夢
67   みなし児の名を呼ぶ声もかき消され     栞
68     初夏のプリンス・エドワード島  夏  ね
69   青芝のうねりて赤き屋根の家     夏  不
70     まだ宵ながら月涼しげに     夏月 栞 
71   夕化粧白きうなじのにほひ立ち    秋恋 夢
72     けふは秋刀魚とばれる愛の巣   秋恋 私
73   刈田づらその一隅にミニ戸建て    秋  仝
74     虫の音深く夜を護れり      秋  ね
75   サイレンに和すは無駄吠えとは言へず    私
76     鼻にもかけぬ捜査能力         栞
77   香水で”異文化交流”感づかれ        私
78     シルクロードを西へひた行く      ね
ナオ
79   強東風に今日もひねもす黄砂舞ふ   春  私 つよごち
80     麗らかな海待ち遠しくて     春  栞
81   名にし負ふGENPATSU近く馬酔木咲く 春  ね
82     花はつぼみと下見報告      春花 私
83   温暖化実は真つ赤なうそらしい       仝
84     ネットサーチで俄かべんきやう     仝
85   初恋の歴女と語り明かさうと     恋  ね
86     かのひと追つて旅のやど替へ   恋  私
87   余らせた青春切符握りしめ         栞
88     日焼けの肩が思ひ出となる    夏  ね
89   尾根道をなきつつ過る杜鵑      夏  私 よぎる ほととぎす
90     通ひなれたる若狭人待ち        栞
91   雲間からやうやう出でて後の月    秋月 ね
92     庭の白茅にやどる老蝶      秋  私 ちがや おいちょう
ナウ
93   つゆのみといへどおぼえずながらへて 秋  仝
94     あらたに見ゆる秋のゆふぐれ   秋  栞
95   かしましき娘三人嫁がせて         ね
96     わたし好みに亭主改造         私
97   初めてのパスポート取り服選び       ね
98     胸も高鳴る登竜門へ          栞
99   祈りにも似たる今年の桜咲き     春  ね
100    経読鳥のこゑも清やけく     春  私

縦書きPDF版 by ふないさん

                             定座なし
                           __________
 初折表 12345678       (1~8)   花一つ、月一~二つ
 初折裏 12345678901234 (9~22) __________
 二折表 12345678901234 (23~36) 花一つ、月一~二つ
 二折裏 12345678901234 (37~50)__________
 三折表 12345678901234 (51~64) 花一つ、月一~二つ
 三折裏 12345678901234 (65~78)__________
 名残表 12345678901234 (79~92) 花一つ、月一つ
 名残裏 12345678       (93~100)_________

式目  
正風芭蕉流準拠十カ条 
転記用:http://zrenga.ya-gasuri.com/
写真提供はフォト蔵さん

2011年5月24日火曜日


   前句     麗らかな海待ち遠しくて  春  栞
   付句   松ばらに色そふ花もけむる雨  春花 私

          松ばらに色そふ花もけむる雨麗らかな海待ち遠しくて
 
写真は借用:http://haiti.blogzine.jp/weblog/2011/04/post_5334.html

2011年5月23日月曜日

   アンの家


   前句    初夏のプリンス・エドワード島  夏  ね
   付句  野茨の真白き花に蜂むれて      夏  私

         野茨の真白き花に蜂むれて初夏のプリンス・エドワード島


写真1はフォト蔵さん 写真2はウィキペディアさんの提供

2011年5月17日火曜日

気色(景色・景気)

「先師曰。気色はいかほどつゞけてもよし。天象・地形・人事・草木・魚虫・鳥獣のあそべる其形容みなみな気色也。」(『去来抄』修業教) 

気色(景色・景気)とは、人を含む自然の風物を対象とする心象風景。

連歌と俳諧はなにが違うのかー常識のウソ

 蕉風俳諧の発端となったと言われる、冬の日「狂句こがらし」の巻には、俳諧師芭蕉が敬慕する連歌師宗祇が出てきます。宗祇は連歌を完成させたと言われています。同様に芭蕉は俳諧を完成させたと言われています。

 一般に「連歌は景句ばかり詠んでいる」、それに対して「俳諧は人情句ばかり詠んでいる」と思われているようです。両者とも長い歴史があるのでそういう時期もあったことでしょう。

 俳諧の代表として「狂句こがらし」の巻、連歌の代表として宗祇らの「水無瀬三吟何人百韻」を見て実際の所どうなのか明らかにしてみました。

 人情句か景句かの判断は微妙な領域ではありますが、私の独断(同じ基準)を両者に公平に適用するということで。

●俳諧 冬の日「狂句こがらし」の巻 芭蕉他
http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi.htm

   人情句   景句
表   4    2
裏  10    2
名表  9    3
名裏  5    1
ーーーーーーーーーーーーー
計  28    8
   77、7% 22、2%

●連歌 水無瀬三吟何人百韻 宗祇他
http://www.h6.dion.ne.jp/~yukineko/minase.html

   人情句   景句
表   2    6
裏  10    4
二表 13    1
二裏 13    1
三表  7    7
三裏 12    2
名表 12    2
名裏  6    2
ーーーーーーーーーーーーー
計  75   25
   75%  25%
  
 この結果、連歌と俳諧を景句と人情句の多寡によって特徴付けることは無理だということが判明しました!!

 水無瀬三吟の表八句は序なので神祇釋教述懐恋旅など人情の入りやすいものが御法度で景句が多いのだと思います。これだけを見て連歌って景句ばっかりと思ってしまう人もいるでしょう。

 また俗語がなく雅語ばかりなので人情句を読んでも景句のように感じる向きもあるかも知れません。人情をものに託したり譬えたりする向きも見受けられ、表向きは景句のように見えるでしょう。

 二折や三裏、名表など破の部分はほとんどが人情句で、自他場論の北枝におこられそうです。でも芭蕉さんにはおこられないと思います。芭蕉さんもこの点に関して執着がなかったようですから。

 俳諧はもともと俳諧之連歌で俗語を使った連歌の一種(部)でした。俳諧が連歌から独立したあとも両者の違いは一点、俗語を使うかどうかに絞れると思います。俗語を正すのが俳諧だと芭蕉さんが言った意味の一端もここにあろうかと思います。

おわり

2006年08月22日21:51

人倫2句去り

■人倫2句去り
原田曲斎『貞享式海印録』は芭蕉が参加した連句と高弟の連句をすべて調査し、人倫と人倫の運びに別ある事を芭蕉門の通則として発見した。曲斎は、人倫(人事、人情)とは何か古来混乱してきたのは、体と用、姿と情を一緒くたにしてきたからだとする。それに対する一つの方策と見られる北枝の自他場論については根本的に無理があるとして退けている。

芭蕉門は人倫を<人倫>と<人倫の運び>に分け、人倫については二句去り、人倫の運びについては打越可としてきたと曲斎は主張する。人倫の運びで打越可とするのは、芭蕉門には前句の意を転ずる妙法(取り成し付け等のことか)があるからだとしている。

■人倫  父母、男女、親子、六親九族、僧名、俗名(人名): 二句去り 
■人倫の運び                      : 打越可
1、噂
1-1主 物を司る人の呼び名 
     官名、神主、坊主、名主、殿、奥様、隠居、庄屋、古人名等
1-2誰 広く他人をさす言葉 
     翁、若僧、尼人、客、友、仲間、連衆、旦那、先生、汝等
1-3身 自分をさす言葉   
     我、己、某、私、拙者、手前、自身、此方、影法師等
1-4独 人数をさす言葉   
     一人、二人、幾人、多勢、群集等
1-5媒 態・芸(仕事)   
     仏師、医師、酒好、関取、馬鹿者、大工、左官、六部、巡礼等
2、姿 体の部位名、病名   身、髪、乳、鼻
3、情 心の感情を表す言葉  つらし
4、用 行いを表す言葉    つくらせて、米を苅る、しぼりすて、なく等


●例1:冬の日                <人倫の分類>        
狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉 芭蕉  姿(身) 人倫(竹斎)
 たそやとばしるかさの山茶花   野水  誰(たれ)  
有明の主水に酒屋つくらせて    荷兮  主(主水) 用(つくらせて)
 かしらの露をふるふあかむま   重五  
朝鮮の細りすゝきのにほひなき   杜国
 日のちり/\に野に米を苅    正平  用(米を苅る)

わがいほは鷺にやどかすあたりにて 野水  身(わが)
 髮はやすまをしのぶ身のほど   芭蕉  姿(髪)用(しのぶ)姿(身)
いつはりのつらしと乳をしぼりすて 重五  情(つらし)姿(乳)用(しぼりすて)
 きえぬそとばにすご/\となく  荷兮  用(なく)
影法のあかつきさむく火を燒て   芭蕉  身(影法) 用(焼て)
 あるじはひんにたえし虚家    杜国  主(あるじ)
田中なるこまんが柳落るころ    荷兮  人倫(こまん)
 霧にふね引人はちんばか     野水  用(引)誰(人)姿(ちんば)
たそかれを横にながむる月ほそし  杜国  用(ながむる)  
 となりさかしき町に下り居る   重五  用(下り居る)
二の尼に近衛の花のさかりきく   野水  誰(尼) 用(きく)
 蝶はむぐらにとばかり鼻かむ   芭蕉  姿(鼻) 用(かむ) 

●例2:今年竹
ちりめん山椒の歌仙『今年竹』を試みにこの観点から分析しましたがノープロブレムでした。人倫二句去りは普通にやっていれば気にする必要はあまりなさそうです(^^) 

                           <人倫の分類>
発句  今年竹面妖な皮ぬぎにけり      百 夏  
脇     煮しめたっぷり早苗餐用意  みかん 夏  用(用意する)
第三  この村を何とかしよと集まりて   青波    用(集まりて)
四     元芸人の先生さ呼ぶ      春蘭    媒(芸人)誰(先生)
五   とどのつまり変哲もなき月の客   鉄線 秋月 誰(客)
六     流れ流れて落鮎となり     草栞 秋

一   柿むいて入り日はなやか新所帯   木槿 秋恋 媒(新所帯)    
二     氏神様の前はばからず      亮 恋  用 はばからず
三   寺もたぬ僧の教化は愛語にて     蘭    主(僧)
四     ツーリングして津々浦々へ    百    用 ツーリングして
五   潮騒に誘はるるまま午睡かな     栞 夏  用 午睡
六     あなたと聴いたあのフォービート 鉄 恋  誰(あなた)用(聴いた)
七   手をひかれアイスダンスの輪の中に  み 冬  用 ひかれ
八     マッチ消ゆれば木枯らしの月   槿 冬月
九   紙巻きを葉巻のやうに摘まむガイ   蘭    誰(ガイ)用(摘まむ)
十     石津謙一ジーンズ似合う     百    人倫(石津謙一)
十一  花に雨今日はフランスパン焼いて   亮    用(焼いて)
十二    入学試験の準備OK       波 春  用(準備 )
ナオ
一   始発列車ムーミン谷に春惜しむ    鉄 春  用(惜しむ)
二     アケボノスギの梢遙かに     栞 春
三   ピンボケの写真いまだ棄てきれず   亮    用(棄てる)
四     瓦礫に埋もれた故郷の家     み     
五   やらしいわあどっちにしよう今年の蚊 槿 夏  情(やらしいわ、しよう)
六     草清水までまとわり付いて    百 夏  
七   思い出を断ち切りたいと旅にでる   波    情(断ち切りたい)用(でる)
八     離婚届けはテーブルの上     亮
九   ATM暗証は「サラダ記念日」だ   鉄
十     僕もしらない日本語のゆくえ   槿    身(僕)情(しらない)
      画廊出づれば黄昏る街      槿    用(出づれば)

2008年05月20日 10:31 No.65

2011年5月15日日曜日

本:芭蕉の方法 - 連句というコミュニケーション



■内容の強引な咀嚼
 前句と同意ー言葉は違っても内容的に同じことの言い換え、前句の説明はだめ。

 古来のありきたりの連想の寄合ー物付けは面白くない。

 前句の意味内容に直接付ける心付けも前句から離れず展開が面白くない。

 前句から離れ、前句と意味内容が直接関係ない事柄を詠んでいながら前句と二句一連で意味の通る(短歌を構成すること。三句の転じは当たり前だが、)二句の転じがベスト。前句の余情に付け匂わせたり、響かせたりする。これが正風の蕉風。

 思い成しー見込み、面影、取り成しー見立て替えもあり。

 前句の作者が予想するような付けではなく、思いも寄らない句を付け展開していくのが連歌の面白さだ。

■感想
 著者、宮脇真彦氏は東明雅氏の弟子。連句は短歌を連ねていくという自明のことをわかっているようで、わかっていないような印象も受けるのはなぜだ? 引用にある『救済・周阿・心敬連歌合』応仁二年、に興味が湧いた。古典籍の画像は早稲田大学図書館のデータベースにある。


本:ツァラトゥストラ 黄金の星はこう語った 





印象に残った部分の抜き書き:

序説:
 おまえたちに超人を教えてやる。人間は克服されねばならぬ何かである。おまえたちは人間を克服するために、何をしたというのか?

戦いと戦士:
 おまえたちの生命への愛が、おまえたちの最も気高い希望への愛であれ。また、おまえたちの最も気高い希望が、最も高貴な生命の思想であれ! そして、おまえたちの最も高貴な思想を、おまえたちはこのわたしから命令として授けてもらわなければならない。 その最も高貴な思想とは、人間は克服されねばならぬ何かである、というものだ。
 このように、生命の声に従い、そのために戦う人生をおまえたちは生きるのだ! 長いだけの人生が長いが何だ! 戦士は労ってもらいたいなどと望むものか! わたしはおまえたちを、大切にしすぎるようなことはしない。おまえたちを心の底から慈しんでいるからだ、わが戦友たちよ!

新しい偶像:
 大地は今なお、偉大な魂にとっては自由に開かれている。今なお穏やかな海の香ただよう多くの場所が、孤独な者たちや唯一の伴しかない者たちを待っている。束縛されずに生きる道が、偉大な魂にはなお残されている。まことに、僅かしか所有しない者は、それだけ何かに取り憑かれることも少ない。細やかな貧しさに称えあれ!

自己克服:
 絶えず自分自身を克服しなければならないもの、それがわたしなのよ。善と悪の創造者となる星を担う者は、絶対にまず破壊者となって、既存の価値を打ち砕かねばならぬ。最高の善意を実現するためには、最高の悪意が必要になる。この悪意があればこそ、最高の善意は創造的となるのだ。

詩人たち:
 詩人たちはあまりにも多くの嘘をつく。しかし、ツァラトゥストラもまた、(比喩を操る)一人の詩人である。

 あらゆる神々は詩人の紡いだ比喩であり、詩人が読み手の心を詐取しただけのことである。

 わたしは詩人たちにうんざりした。古い詩人にも新しい詩人にもうんざりした。わたしにとって、彼らはすべて、上辺だけを追い求める者たちであり、浅い海である。彼らは十分に深く考えなかった。それゆえ、彼らの情感は、ものごとの根底にまで下がっていくこともなかった。何がしかの歓楽と、何がしかの退屈、これがせいぜい彼らの最も上等な思索であった。

救済:
 過ぎ去っていったものを救い、すべての『しかたがなかった』を『わたしがそれを望んだのだ!』に創り変えることーこれこそ、わたしにとって、はじめて救済と呼ばれるにふさわしい!
 意志ーそれが自由を与えてくれ、喜びをもたらしてくれる者の名前である。

癒されつつある者:
 『今からわたしは死ぬ。そして消え去っていく』と、あなたは語ることでしょう。『忽ちのうちに、わたしは無に帰する。魂は肉体と同じように死すべきものである。しかし、わたしという生命を織り成していた糸の結び目は、再びやって来る。その結び目がわたしを再び創り上げることだろう!わたし自身が永遠回帰を織りなす糸なのだ。わたしは再びやって来る。この太陽と倶に、この大地と倶に、この鷲と倶に、この蛇と倶に。新たな別の生命、もしくはより良い生命、あるいは似たような生命のもとにやって来るのではない。
 わたしは永遠に繰り返し、細大洩らさず同一の生命のもとに還って来る。繰り返し万物の永遠回帰を教えるために。くり返し、偉大なる大地と人間の正午について語るために。繰り返し人間たちに超人を告知するために。わたしはわたしの言葉を語った。わたしは自分の言葉によって砕け散る。わたしの永遠の運命がそう望むのだ。わたしは告知者として、この身を捧げる!太陽のように下降する者が自分自身を祝福するときが今、やって来た。このようにしてツァラトゥストラの降臨は終わるのだ』