2009年5月17日日曜日
正統はマグダラのマリアだった?!ーマグダラのマリアへの旅2
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映画
ナグ・ハマディ写本などキリスト教外典のグノーシス文書には、ペテロとマグダラのマリアの抗争が記述されている。板挟みの形のイエスは、マグダラのマリアを擁護する立場である。
●(マグダラの)マリア福音書
ペテロ、マリアに向かって、「姉妹よ、救い主が他の女性たち
にまさってあなたを愛したことを知っています」
ペテロいわく、「まさかとは思うが彼がわれわれに隠れて一人
の女性と、しかも公開ではなく語ったりしたのだろうか。将来
は、われわれは自身が輪になって。皆彼女の言うことを聴くこ
とにならないだろうか。救い主が彼女を選んだというのは、わ
れわれ以上になのか」
ペテロのマグダラのマリアへの強い嫉妬、皮肉と反発が見える。
またマグダラのマリアを選んだイエス(彼)に対する不信の念さ
えもうかがえる。
●トマス福音書
ペテロ「マリハム(マグダラのマリア)は、私たちのもとから
去ったほうがよい。女たちは命に値しないからである。」
イエス「見よ、私は彼女を天の王国へ導くであろう。私が彼女
を男性にするために、彼女もまたあなたがた男たちに似る活け
る霊になるために。なぜならどの女たちも、彼女らが自分を男
性にするならば、天国に入るであろうから」
男女平等主義のイエスの教えに反するペテロの暴言。イエスはじゃあ、彼女たちを男性にすれば問題ないんだねとペテロのレベルに合わせてはぐらかしているのか。
●ピスティス・ソフィア(信仰の智慧)
イエスはマリアに「マリハム、幸福なマリハムよ、わたしは
あなたを、天の御業のあらゆる神秘において完全なるものと
しよう。勇気をもって語りなさい。なぜならあなたの魂は、
他のすべての兄弟たちよりも、天の王国に向かっているのだ
から。」
ペテロ「主よ、わたしたちに代わってしゃべるこの女にわた
したちは我慢なりません。彼女はわたしたちの誰にもしゃべ
らせず、のべつまくなく自分がしゃべっているのです」
。。。
マリアはイエスに「わたしたちは、自分たち自身のことだけ
を憐れんでいるのではなく、人類全体を憐れんでいるからです」
イエスは、霊的な円熟度が一番高いマグダラのマリアを一番かっ
ており後継者と考えている。自分が主導権をとりたくてうずうず
し、妬んでいるペテロ。イエスに励まされて人類愛を説くマリア。
しかし、後の歴史はイエスとマグダラのマリアの思いとは反対の
方向に動いていったようである。
■参考文献
(1)新共同訳 聖書 日本聖書協会
(2)マグダラのマリア−エロスとアガペーの聖女−
岡田温司 中公新書
*アガペー キリスト教における愛。罪深い人間に対する
神の愛、人間どうしの兄弟愛など、自己犠牲的・非
打算的な愛をいい、エロス的愛とは区別する。
写真は、ロダンの『キリストとマグダラ』
アガペーとエロス。この石膏の彫塑にインスピレーションを得た芸
術家も多いことだろう。
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