宗因独吟百韻「口まねや」
延宝四年以前春
1 口まねや老の鶯ひとり言
2 夜起さひしき明ほのゝ春
3 ほの霞む枕の瓦灯かきたてゝ
4 きせるにたはこ次の間の隅
5 気をのはし膝をも伸す詰奉公
6 お鞠過ての汗いるゝくれ
7 月影も湯殿の外になかれ出
8 ちりつもりてや露のかろ石
ウ 9 秋風に毛を吹疵のなめし皮
10 いはへて過る馬具の麁相さ
11 長刀もさひたる武士の出立に
12 どの在所よりねるやねり衆
13 蕨の根くだけてぞおもふ餅ならし
14 過がてにする西坂の春
15 有明のおぼろ/\の佐夜の山
16 無間の鐘に花やちるらん
17 あたし世とおもひこそすれ出来分限
18 いくらも立てする堂供養
19 鎌倉や南の岸のかたはらに
20 風によるをは海松よあらめよ
21 帆かけ船はしり痔やみは押留て
22 苫やの陰に侘た雪隠
二23 さすらふる我身にし有はすきの道
24 忍ひあかしのおかたのかたへ
25 織布のちぢみ髪にもみだれそめ
26 あかり窓より手をもしめつゝ
27 此人の此病をはみまはれて
28 有馬の状は書つくしてよ
29 うちとけぬ王子の心ゑぞしらぬ
30 伯父甥とても油断なさるな
31 帰るさの道にかけ置狐わな
32 古き内裏のつゐひちの下
33 人しれす我行かたに番の者
34 誰におもひをつくぼうさすまた
35 歌舞伎する月の鼠戸さしのぞき
36 立市町は長き夜すから
ウ37 引出るうしの時より肌寒み
38 いのる貴布祢の川風くつさめ
39 うき涙袖に玉散胡椒の粉
40 やれ追剥といふもいはれす
41 軍みてこしらゆる間に矢の使
42 舟に扇をもつてひらいた
43 花にふくこちへまかせとすくひ網
44 霞の衣尻からけして
45 春の月山の端にけてとちへやら
46 かりの行衛も先丹波越
47 借銭の数はたらでそつばめ算
48 問屋の軒のわらや出すらん
49 はすは女か濁りにしまぬ心せよ
50 何かは露をお玉こかるゝ
三51 おもふをは鬼一口に冷しや
52 地獄の月はくらき道にそ
53 此山の一寸さきは谷ふかみ
54 滝をのぞめば五分のたましい
55 晩かたに思ひかみたれて飛螢
56 天か下地はすきものゝわさ
57 大君の御意はをもしと打なげき
58 釆女の土器つゝけ三盃
59 さそひ出水の月みる猿沢に
60 おもひやらるゝ明州の秋
61 牛飼のかいなくいきて露涙
62 いつか乗へき塞翁が馬
63 御旦那にざうり取より仕来て
64 菜つみ水汲薪わる寺
ウ65 児達を申入ては風呂あかり
66 櫛箱もてこひ伽羅箱もてこひ
67 芦の屋の灘へ遊ひに都衆
68 ひとつ塩干やむはら住吉
69 蛤もふんては惜む花の浪
70 さつとかざしの篭の山吹
71 乗物に暮春の風や送るらん
72 里(女扁)子のかへる里はるかなれ
73 さげさせて人目堤を跡先に
74 占の御用や月に恥らん
75 夕露のふるきかづきを引そはめ
76 雲井の節会高きいやしき
77 おふな/\おもんするなる年の賀に
78 物の師匠となるはかしこき
名79 行は三人の道ことにして
80 死罪流罪に又は閉門
81 いさかひは扱ひすとも心あれな
82 女夫の人の身をおもふかな
83 そたてぬる中にかはゆき真の子
84 うくひすもりとなるほとゝきす
85 春雨の布留の杉枝伐すかし
86 うへけん時のさくら最中
87 むかし誰かゝる栄耀の下屋敷
88 川原の隠居焼塩もなし
89 月にしも穂蓼計の精進事
90 松茸さそよこなたへ/\
91 北山や秋の遊びの御供して
92 見せ申つる名所旧跡
ウ93 京のほり旅の日記をかくのごと
94 いく駄賃をかまかなひのもの
95 大名の跡にさがつて一日路
96 よはりもてゆく此肴町
97 見わたせは花の錦の棚さひて
98 藤咲戸口くれてかけかね
99 おとかひもいたむる春の物思ひ
100 かむ事かたき魚鳥のほね
出典:西山宗因全集 第三巻 俳諧篇、尾形仂・島津忠夫監修、八木書店、2004年
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