芭蕉の軽み(問題提起)
芭蕉の軽み(情報収集)
■芭蕉が軽みについて言及している俳書・書簡
(1)別座鋪 子珊
「麻の生平のひとへに衣打かけ身がるく成行程、翁ちかく旅行思ひ立給へば、別屋に伴ひ、春は帰庵の事を打なげき、扨誹諧を尋けるに、翁今思ふ體は、浅き砂川をみるごとく句の形付心ともにかろき也。其所に至りて意味ありと侍る。」
(2)旅寝論 去来
「野坡別に臨んで来る春の歳旦はいかに仕侍らんと尋申けるに、猶今の風然るべし。五六年も経なば一変していよいよ風体軽く移り行んと教へ給ひけるとなん。」
(3)赤冊子 土芳
「 木のもとは汁も膾もさくら哉 芭蕉
この句の時、師のいはく。花見の句のかかりを少し得て、かるみをしたりと也。」
(4)不玉宛芭蕉書簡
「心情専らに用る故に、句体重々し」
■門人が軽みついて言及している俳書・書簡
(1)不玉宛去来論書
「来書曰く、情・辞にも軽重あり(不玉)。去来曰く、此の論勿論也。情・辞共に其の重くれたるを嫌ふ。情の厚深なるを嫌ふに非ず。」「今謂る重きは厳重の謂に非ず。たとへば俗に云ふ重くれたると重々しきとの如し。其の重くれたるを嫌ふ。」
(2)俳諧問答 俳諧自賛之論 許六
「かるきといふは、発句も付句も求めずして直に見るごときをいふ也。言葉の容易なる趣向のかるき事をいふにあらず。腸の厚き所より出て一句の上に自然ある事をいふ也。」
「面白く俗のよろこぶ所のしみつきたるごとき事を、おもきといふ也。かるきと云ふは言葉にも筆にものべがたき所にえもいはれぬ面白き所あるをかるしとはいふ也。」
(3)宇陀法師 許六
「あら野・ひさご・猿蓑・炭俵・後猿と段々その風体あらたまり来たるに似たれど、あら野の時はや炭俵・後猿のかるみは急度顕はれたり。」
かれ朶に烏のとまりけり秋の暮 芭蕉 (曠野)
(4)麋塒宛杉風書簡
「一辺見ては只かるく埒もなく不断の言葉にて古き様に見え申べし。五辺見候はば、句は軽くても意味深き所見え申べし。」
■軽みの敷衍ままならずー軽みの野坡
(1)芭蕉俳諧の精神 軽み 赤羽学
「元禄五年以後、芭蕉は急速に軽みの方向に傾いた。けれどの俳壇は、必ずしも芭蕉の真意を理解するまでに至らなかった。元禄五年五月七日付去来宛書簡で芭蕉は、
『予が手筋此の如しなど顕し候はば、尤も荷担の者少々一統致すべし、然らば却って門人共の害にもなり、沙汰も如何に了簡致し候へば、余所に目をつむり居り申し候。』
と述べた。つまり、芭蕉が自分の手筋を披露すれば、一部の者はそれに荷担し一つに統べることはできようが、それに賛成しない門人の統一を乱すことになりかねないので、暫く目をつむるという意である。かくして芭蕉は、江戸の俳壇に対して不満の情を覚えながらも自分の方針の理解される日を忍耐強く待った。」
(2)許六宛芭蕉書簡 元禄七年二月二十五日
「野坡、去秋愚風(注:軽み)に移り、いまだうひうひ敷くてさぐり足にかかり侍れど年来の功(注:炭俵編纂)少増り、器量邪風に立ち越し候故、見所多く候。」
(3)旅寝論 去来
「我、蕉門に年ひさしきゆゑに虚名高しといへ共、句においてその静なる事丈草に及ばず、そのはなやかなること其角に及ばず、軽き事野坡に及ばず、化なる事土芳に及ばず、巧なる事正秀に及びがたし。」
(4)俳諧問答 同門評判 許六
「野坡・利牛・孤屋。その中に野坡すぐれたり。旧染のけがれを炭俵にあらため、流行の軽き一筋を得たり。」
■軽みを具現した代表作と言われる炭俵の『むめがゝに』の巻
むめがゝにのつと日の出る山路かな 芭蕉
処/\に雉子の啼たつ 野坡
家普請を春のてすきにとり付て 同
上のたよりにあがる米の直 芭蕉
宵の内はら/\とせし月の雲 同
薮越はなすあきのさびしき 野坡
御頭へ菊もらはるゝめいわくさ 野坡
娘を堅う人にあはせぬ 芭蕉
奈良がよひおなじつらなる細基手 野坡
ことしは雨のふらぬ六月 芭蕉
預けたるみそとりにやる向河岸 野坡
ひたといひ出すお袋の事 芭蕉
終宵尼の持病を押へける 野坡
こんにやくばかりのこる名月 芭蕉
はつ雁に乗懸下地敷て見る 野坡
露を相手に居合ひとぬき 芭蕉
町衆のつらりと酔て花の陰 野坡
門で押るゝ壬生の念仏 芭蕉
東風々に糞のいきれを吹まはし 同
たゞ居るまゝに肱わづらふ 野坡
江戸の左右むかひの亭主登られて 芭蕉
こちにもいれどから臼をかす 野坡
方/\に十夜の内のかねの音 芭蕉
桐の木高く月さゆる也 野坡
門しめてだまつてねたる面白さ 芭蕉
ひらふた金で表がへする 野坡
はつ午に女房のおやこ振舞て 芭蕉
又このはるも済ぬ牢人 野坡
法印の湯治を送る花ざかり 芭蕉
なは手を下りて青麦の出来 野坡
どの家も東の方に窓をあけ 野坡
魚に喰あくはまの雑水 芭蕉
千どり啼一夜/\に寒うなり 野坡
未進の高のはてぬ算用 芭蕉
隣へも知らせず嫁をつれて来て 野坡
屏風の陰にみゆるくはし盆 芭蕉
■研究者の考える芭蕉の軽み
(1)俳諧精神の探求 軽みの真義 潁原退蔵
「芭蕉が高く心を悟りて俗に帰るべしの精神を身をもって説いたのが軽みであり、不易流行説における通俗性の強調に他ならない。」
付録:
■重い事柄を重い言葉でそのまま表現した芭蕉句の例
発句
野ざらしを心に風のしむ身哉
猿を聞く捨子に秋の風いかに
付句
きえぬそとばにすごすごとなく 荷兮
影法のあかつきさむく火を焼て 芭蕉 (冬の日 木がらしの巻)
捨てられてくねるか鴛の離れ鳥 羽笠
火おかぬ火燵なき人を見む 芭蕉 (冬の日 炭売の巻)
籠輿ゆるす木瓜の山あひ 野水
骨を見てそぞろに泪ぐみうちかへり 芭蕉 (冬の日 霜月の巻)
■参考文献
(1)芭蕉俳諧の精神、赤羽学、清水弘文堂、昭和59年
(2)俳書大系 蕉門俳話俳文集 上下巻、神田豊穂、春秋社、昭和4年
(3)日本名著全集 江戸文芸之部第三巻 芭蕉全集、日本名著全集刊行会、昭和4年
(4)許六・去来 俳諧問答、横沢三郎校注、岩波書店、1996年
(5)校本芭蕉全集 第五巻 連句篇下、島井清ほか、角川書店、昭和43年
つづく。
芭蕉の軽み(感想的私論)
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