2007年10月17日水曜日

新古今和歌集 百歌撰

新古今和歌集 百歌撰

 新古今和歌集の全体に目を通し百首を選ぶ。選ぶ観点は、一にリズム、二にわかりやすく共感できるもの。

 成立:1205年  1979首 (隠岐本:1576首)
 撰者:後鳥羽院(○) 藤原有家(ア) 定家(サ) 家隆(イ) 雅経(マ)
 部立:春、夏、秋、冬、賀 哀傷、離別、羇旅、恋、雑、神祇、釈教
 参照:岩波文庫『新古今和歌集 佐佐木信綱校訂』昭和五十年


春歌

山ふかみ春とも知らぬ松の戸に たえだえかかる雪の玉水     式子内親王                                 ○マ
明日からは若菜摘まむとしめし野に 昨日も今日も雪は降りつつ  赤人                                    ○マサイヤ
若菜摘む袖とぞ身ゆるかすが野の 飛火の野辺の雪のむらぎえ   教長                                    ○アマ
今さらに雪降らめやも陽炎の もゆる春日となりにしものを    よみ人知らず                                ○サ
夕月夜しほ満ちくらし難波江の あしの若葉を越ゆるしらなみ   藤原秀能                                  ○
岩そそぐたるみの上のさ蕨の 萌えいづる春になりにけるかな   志貴皇子                                  ○アサイマ
見わたせば山もとかすむ水無瀬川 夕べは秋となに思ひけむ    後鳥羽上皇                                 ○
春の夜の夢のうき橋とだえして 峯にわかるるよこぐもの空    定家                                    ○アイマ
春雨の降りそめしよりあをやぎの 糸のみどりぞ色まさりける   凡河内躬恒                                 ○イ
薄く濃き野辺のみどりの若草に あとまで見ゆる雪のむらぎえ   宮内卿                                   ○
吉野山去年のしをりの道かへて まだ見ぬかたの花を尋ねむ    西行                                    ○サイマ
はかなくて過ぎにしかたを数ふれば 花に物思ふ春ぞ経にける   式子内親王                                 ○マ
山里の春の夕ぐれ来て見れば 入相のかねに花ぞ散りける     能因法師                                  ○サイマ
花さそふ比良の山風吹きにけり 漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで   宮内卿                                   ○サイマ
花さそふなごりを雲に吹きとめて しばしはにほへ春の山風    雅経                                    ○アイ
吉野山花のふるさとあとたへて むなしき枝にはるかぜぞ吹く   良経                                    ○アサイマ
暮れて行く春のみなとは知らねども 霞に落つる宇治のしば舟   寂蓮                                    ○サイマ

夏歌

春過ぎて夏来にけらししろたへの ころもほすてふあまのかぐ山  持統天皇                                  ○サイマ
折ふしもうつればかへつ世の中の 人の心の花染の袖       俊成女                                   ○サイマ
郭公こゑ待つほどはかた岡の 森のしづくに立ちや濡れまし    紫式部                                   ○サイ
鵜飼舟あはれとぞ見るもののふの やそ宇治川の夕闇のそら    慈圓                                    ○アサイマ
いさり火の昔の光ほの見えて あしやの里に飛ぶほたるかな    摂政太政大臣                                ○イ

秋歌

おしなべて物をおもはぬ人にさへ 心をつくる秋のはつかぜ    西行                                    ○サイ
あはれいかに草葉の露のこほるらむ 秋風立ちぬ宮城野の原    西行                                    ○アサイマ
吹きむすぶ風はむかしの秋ながら ありしにも似ぬ袖の露かな   小野小町                                  ○サイマ
うらがるる浅茅が原のかるかやの 乱れて物を思ふころかな    坂上是則                                  ○
をぐら山ふもとの野辺の花薄 ほのかに見ゆる秋のゆふぐれ    よみ人知らず                                ○アサイ
おしなべて思ひしことのかずかずに なお色まさる秋の夕暮    摂政太政大臣                                ○サマ
心なき身にもあはれは知られけり しぎたつ沢の秋の夕ぐれ    西行                                    ○サイマ
見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕ぐれ    定家

風わたる浅茅がすゑの露にだに やどりもはてぬ宵のいなづま   有家                                    ○サイマ
ながむればちぢにもの思ふ月にまた わが身一つの嶺の松かぜ   鴨長明                                   ○アサイマ
下紅葉かつ散る山の夕時雨 濡れてやひとり鹿の鳴くらむ     家隆                                    ○
まどろまで眺めよとてのすさびかな 麻のさ衣月にうつ声     宮内卿                                   ○アサイマ
村雨の露もまだひぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕ぐれ     寂蓮                                    ○アイマ
秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりす やや影さむしよもぎふの月   太上天皇                                  ○アイマ

冬歌

秋篠やとやまの里やしぐるらむ 生駒のたけに雲のかかれる    西行                                    ○サイマ
影とめし露のやどりを思ひ出でて 霜にあととふ浅茅生の月    雅経                                    ○サイ
しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれど 霜のまがきに匂ふ色かな   延喜御歌                                  ○イ
寂しさに堪えたる人のまたもあれな 庵ならべむ冬の山里     西行                                    サイ
かつ氷かつはくだくる山河の 岩間にむすぶあかつきの声     俊成                                    ○マ
志賀の浦や遠ざかりゆく波間より 氷りて出づるありあけの月   家隆                                    ○アサイ
さざなみや志賀のから崎風さえて 比良の高嶺に霰降るなり    法性寺入道                                 ○アイマ
ふればかくうさのみまさる世を知らで 荒れたる庭に積る初雪   紫式部                                   ○アイマ
降り初むる今朝だに人の待たれつる み山の里の雪の夕暮     寂蓮                                    ○アサイマ
明けやらぬねざめの床に聞ゆなり まがきの竹の雪の下をれ    刑部卿範兼                                 ○アサイマ
降る雪にたく藻の煙かき絶えて さびしくもあるか塩がまの浦  前関白太政大臣                                ○アサイ
田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ  山部赤人                                  ○イマ
日数ふる雪げにまさる炭竈の けぶりもさびしおほはらの里    式子内親王                                 ○サ

哀傷歌

あはれなりわが身のはてやあさ緑 つひには野べの霞と思へば   小野小町                                  ○サイマ
誰もみな花のみやこに散りはてて ひとりしぐるる秋の山里    左京大夫顕輔                                ○ア
玉ゆらの露もなみだもとどまらず 亡き人恋ふるやどの秋風    定家                                    ○イ
露をだに今はかたみの藤ごろも あだにも袖を吹くあらしかな   秀能                                    ○
思ひ出づる折りたく柴の夕煙 むせぶもうれし忘れがたみに    太上天皇                                  ○

離別歌

思ひ出はおなじ空とは月を見よ ほどは雲居に廻りあふまで    後三条院                                  ○
君いなば月待つとてもながめやらむ 東のかたの夕暮の空     西行                                    ○アイマ

羇旅歌

あまざかる鄙のなが路を漕ぎくれば 明石のとよりやまと島見ゆ  人麿                                    ○サイマ
ささの葉はみ山もそよに乱るなり われは妹思ふ別れ来ぬれば   人麿                                    ○サマ
信濃なる浅間の嶽に立つけぶり をちこち人の見やはとがめぬ   業平                                    ○アサイマ
さ夜ふけて葦のすゑ越す浦風に あはれうちそふ波の音かな    肥後                                    ○アイ
年たけてまた越ゆべしと思ひきや いのちなりけりさ夜の中山   西行                                    ○サイ
 
恋歌

春日野の若紫のすりごろも しのぶのみだれかぎり知られず    業平                                    ○アサイマ
かた岡の雪間にねざす若草の ほのかに見てし人ぞこひしき    曽禰好忠                                  ○アサイ
わが恋は松を時雨の染めかねて 真葛が原に風さわぐなり     慈圓                                    ○アサイマ
思あれば袖に蛍をつつみても いはばやものをとふ人はなし    寂蓮                                    ○アサイマ
みるめ刈るかたやいづくぞ棹さして われに教えよ海人の釣舟   業平                                    ○アサイマ
靡かぎなあまの藻塩火たき初めて 煙は空にくゆりわぶとも    定家                                    ○イマ
逢ひ見てもかひなかりけりうば玉の はかなき夢におとる現は   藤原興風                                  ○アサイマ
君待つと閨へも入らぬまきの戸に いたくな更けそ山の端の月   式子内親王                                 ○サイマ
言の葉の移ろふだにもあるものを いとど時雨の降りまさるらむ  伊勢                                    ○サ
浅茅生ふる野辺やかるらむ山がつの 垣ほの草は色もかはらず   よみ人知らず                                ○アサイマ
春雨の降りしくころは青柳の いと乱れつつ人ぞこひしき     後朱雀院                                  ○サ
さらしなや姨捨山の有明の つきずもものをおもふころかな    伊勢                                    ○アサイマ
面影のわすれぬ人によそへつつ 入るをぞ慕ふ秋の夜の月     肥後                                    ○サ
いくめぐり空行く月もへだてきぬ 契りしなかはよその浮雲    左衛門督通光                                ○サイマ
あと絶えて浅茅がすゑになりにけり たのめし宿の庭の白露    二条院讃岐                                 ○サイマ
消えわびぬうつろふ人の秋の色に 身をこがらしの森の下露    定家                                    ○イマ
露はらふねざめは秋の昔にて 見はてぬ夢にのこるおもかげ    俊成女                                   ○
心こそゆくへも知らね三輪の山 杉のこずゑのゆふぐれの空    慈圓                                    ○アマ
かよひ来しやどの道芝かれがれに あとなき霜のむすぼほれつつ  俊成女                                   ○アサイマ

雑歌

世の中を思へばなべて散る花の わが身をさてもいづちかもせむ  西行                                    ○サイマ
すべらぎの木高き蔭にかくれても なほ春雨に濡れむとぞ思ふ  八条前太政大臣                                ア
ほととぎすそのかみ山の旅枕 ほのかたらひし空ぞわすれぬ    式子内親王                                 ○アサイマ
五月雨はやまの軒端のあまそそぎ あまりなるまで漏るる袖かな  俊成                                    ○アサイマ
思ひきや別れし秋にめぐりあひて またもこの世の月を見むとは  俊成                                    ○サイマ
藻汐くむ袖の月影おのづから よそにあかさぬ須磨のうらびと   定家                                    ○
葛の葉のうらみにかへる夢の世を 忘れがたみの野辺の秋風    俊成女                                   ○
晴るる夜の星か河辺の蛍かも わが住む方に海人のたく火か    業平                                    ○アサイマ
難波女の衣ほすとて刈りてたく 葦火の煙立たぬ日ぞなき     貫之                                    ○サイマ
和歌の浦を松の葉ごしにながむれば 梢に寄する海人の釣舟    寂蓮                                    ○アサイマ
鈴鹿山うき世をよそにふり捨てて いかになりゆくわが身なるらむ 西行                                    ○アイ
吉野山やがて出でじと思ふ身を 花ちりなばと人や待つらむ    西行                                    ○アサイマ
しきみ摘む山路の露にぬれにけり あかつきおきの墨染の袖    小侍従                                   ○アサイマ
思ふことなど問ふ人のなかるらむ 仰げば空に月ぞさやけき    慈圓                                    ○アサイマ
ねがはくは花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ     西行


神祇歌

やはらぐる光にあまる影なれや 五十鈴河原の秋の夜の月     慈圓                                    ○

釈教歌

阿耨多羅三藐三菩提の佛たち わがたつ杣に冥加あらせたまへ   伝教大師                                  ○アサイマ
願はくはしばし闇路にやすらひて かがげやせまし法の燈火    慈圓                                    ○アサイ
これやこのうき世の外の春ならむ 花のとぼそのあけぼのの空   寂蓮                                    ○アサイマ
道のべの蛍ばかりをしるべにて ひとりぞ出づる夕闇の空     寂然                                    ○サイマ

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