新古今和歌集 百歌撰
新古今和歌集の全体に目を通し百首を選ぶ。選ぶ観点は、一にリズム、二にわかりやすく共感できるもの。
成立:1205年 1979首 (隠岐本:1576首)
撰者:後鳥羽院(○) 藤原有家(ア) 定家(サ) 家隆(イ) 雅経(マ)
部立:春、夏、秋、冬、賀 哀傷、離別、羇旅、恋、雑、神祇、釈教
参照:岩波文庫『新古今和歌集 佐佐木信綱校訂』昭和五十年
春歌
山ふかみ春とも知らぬ松の戸に たえだえかかる雪の玉水 式子内親王 ○マ
明日からは若菜摘まむとしめし野に 昨日も今日も雪は降りつつ 赤人 ○マサイヤ
若菜摘む袖とぞ身ゆるかすが野の 飛火の野辺の雪のむらぎえ 教長 ○アマ
今さらに雪降らめやも陽炎の もゆる春日となりにしものを よみ人知らず ○サ
夕月夜しほ満ちくらし難波江の あしの若葉を越ゆるしらなみ 藤原秀能 ○
岩そそぐたるみの上のさ蕨の 萌えいづる春になりにけるかな 志貴皇子 ○アサイマ
見わたせば山もとかすむ水無瀬川 夕べは秋となに思ひけむ 後鳥羽上皇 ○
春の夜の夢のうき橋とだえして 峯にわかるるよこぐもの空 定家 ○アイマ
春雨の降りそめしよりあをやぎの 糸のみどりぞ色まさりける 凡河内躬恒 ○イ
薄く濃き野辺のみどりの若草に あとまで見ゆる雪のむらぎえ 宮内卿 ○
吉野山去年のしをりの道かへて まだ見ぬかたの花を尋ねむ 西行 ○サイマ
はかなくて過ぎにしかたを数ふれば 花に物思ふ春ぞ経にける 式子内親王 ○マ
山里の春の夕ぐれ来て見れば 入相のかねに花ぞ散りける 能因法師 ○サイマ
花さそふ比良の山風吹きにけり 漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで 宮内卿 ○サイマ
花さそふなごりを雲に吹きとめて しばしはにほへ春の山風 雅経 ○アイ
吉野山花のふるさとあとたへて むなしき枝にはるかぜぞ吹く 良経 ○アサイマ
暮れて行く春のみなとは知らねども 霞に落つる宇治のしば舟 寂蓮 ○サイマ
夏歌
春過ぎて夏来にけらししろたへの ころもほすてふあまのかぐ山 持統天皇 ○サイマ
折ふしもうつればかへつ世の中の 人の心の花染の袖 俊成女 ○サイマ
郭公こゑ待つほどはかた岡の 森のしづくに立ちや濡れまし 紫式部 ○サイ
鵜飼舟あはれとぞ見るもののふの やそ宇治川の夕闇のそら 慈圓 ○アサイマ
いさり火の昔の光ほの見えて あしやの里に飛ぶほたるかな 摂政太政大臣 ○イ
秋歌
おしなべて物をおもはぬ人にさへ 心をつくる秋のはつかぜ 西行 ○サイ
あはれいかに草葉の露のこほるらむ 秋風立ちぬ宮城野の原 西行 ○アサイマ
吹きむすぶ風はむかしの秋ながら ありしにも似ぬ袖の露かな 小野小町 ○サイマ
うらがるる浅茅が原のかるかやの 乱れて物を思ふころかな 坂上是則 ○
をぐら山ふもとの野辺の花薄 ほのかに見ゆる秋のゆふぐれ よみ人知らず ○アサイ
おしなべて思ひしことのかずかずに なお色まさる秋の夕暮 摂政太政大臣 ○サマ
心なき身にもあはれは知られけり しぎたつ沢の秋の夕ぐれ 西行 ○サイマ
見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの秋の夕ぐれ 定家
風わたる浅茅がすゑの露にだに やどりもはてぬ宵のいなづま 有家 ○サイマ
ながむればちぢにもの思ふ月にまた わが身一つの嶺の松かぜ 鴨長明 ○アサイマ
下紅葉かつ散る山の夕時雨 濡れてやひとり鹿の鳴くらむ 家隆 ○
まどろまで眺めよとてのすさびかな 麻のさ衣月にうつ声 宮内卿 ○アサイマ
村雨の露もまだひぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕ぐれ 寂蓮 ○アイマ
秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりす やや影さむしよもぎふの月 太上天皇 ○アイマ
冬歌
秋篠やとやまの里やしぐるらむ 生駒のたけに雲のかかれる 西行 ○サイマ
影とめし露のやどりを思ひ出でて 霜にあととふ浅茅生の月 雅経 ○サイ
しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれど 霜のまがきに匂ふ色かな 延喜御歌 ○イ
寂しさに堪えたる人のまたもあれな 庵ならべむ冬の山里 西行 サイ
かつ氷かつはくだくる山河の 岩間にむすぶあかつきの声 俊成 ○マ
志賀の浦や遠ざかりゆく波間より 氷りて出づるありあけの月 家隆 ○アサイ
さざなみや志賀のから崎風さえて 比良の高嶺に霰降るなり 法性寺入道 ○アイマ
ふればかくうさのみまさる世を知らで 荒れたる庭に積る初雪 紫式部 ○アイマ
降り初むる今朝だに人の待たれつる み山の里の雪の夕暮 寂蓮 ○アサイマ
明けやらぬねざめの床に聞ゆなり まがきの竹の雪の下をれ 刑部卿範兼 ○アサイマ
降る雪にたく藻の煙かき絶えて さびしくもあるか塩がまの浦 前関白太政大臣 ○アサイ
田子の浦にうち出でてみれば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ 山部赤人 ○イマ
日数ふる雪げにまさる炭竈の けぶりもさびしおほはらの里 式子内親王 ○サ
哀傷歌
あはれなりわが身のはてやあさ緑 つひには野べの霞と思へば 小野小町 ○サイマ
誰もみな花のみやこに散りはてて ひとりしぐるる秋の山里 左京大夫顕輔 ○ア
玉ゆらの露もなみだもとどまらず 亡き人恋ふるやどの秋風 定家 ○イ
露をだに今はかたみの藤ごろも あだにも袖を吹くあらしかな 秀能 ○
思ひ出づる折りたく柴の夕煙 むせぶもうれし忘れがたみに 太上天皇 ○
離別歌
思ひ出はおなじ空とは月を見よ ほどは雲居に廻りあふまで 後三条院 ○
君いなば月待つとてもながめやらむ 東のかたの夕暮の空 西行 ○アイマ
羇旅歌
あまざかる鄙のなが路を漕ぎくれば 明石のとよりやまと島見ゆ 人麿 ○サイマ
ささの葉はみ山もそよに乱るなり われは妹思ふ別れ来ぬれば 人麿 ○サマ
信濃なる浅間の嶽に立つけぶり をちこち人の見やはとがめぬ 業平 ○アサイマ
さ夜ふけて葦のすゑ越す浦風に あはれうちそふ波の音かな 肥後 ○アイ
年たけてまた越ゆべしと思ひきや いのちなりけりさ夜の中山 西行 ○サイ
恋歌
春日野の若紫のすりごろも しのぶのみだれかぎり知られず 業平 ○アサイマ
かた岡の雪間にねざす若草の ほのかに見てし人ぞこひしき 曽禰好忠 ○アサイ
わが恋は松を時雨の染めかねて 真葛が原に風さわぐなり 慈圓 ○アサイマ
思あれば袖に蛍をつつみても いはばやものをとふ人はなし 寂蓮 ○アサイマ
みるめ刈るかたやいづくぞ棹さして われに教えよ海人の釣舟 業平 ○アサイマ
靡かぎなあまの藻塩火たき初めて 煙は空にくゆりわぶとも 定家 ○イマ
逢ひ見てもかひなかりけりうば玉の はかなき夢におとる現は 藤原興風 ○アサイマ
君待つと閨へも入らぬまきの戸に いたくな更けそ山の端の月 式子内親王 ○サイマ
言の葉の移ろふだにもあるものを いとど時雨の降りまさるらむ 伊勢 ○サ
浅茅生ふる野辺やかるらむ山がつの 垣ほの草は色もかはらず よみ人知らず ○アサイマ
春雨の降りしくころは青柳の いと乱れつつ人ぞこひしき 後朱雀院 ○サ
さらしなや姨捨山の有明の つきずもものをおもふころかな 伊勢 ○アサイマ
面影のわすれぬ人によそへつつ 入るをぞ慕ふ秋の夜の月 肥後 ○サ
いくめぐり空行く月もへだてきぬ 契りしなかはよその浮雲 左衛門督通光 ○サイマ
あと絶えて浅茅がすゑになりにけり たのめし宿の庭の白露 二条院讃岐 ○サイマ
消えわびぬうつろふ人の秋の色に 身をこがらしの森の下露 定家 ○イマ
露はらふねざめは秋の昔にて 見はてぬ夢にのこるおもかげ 俊成女 ○
心こそゆくへも知らね三輪の山 杉のこずゑのゆふぐれの空 慈圓 ○アマ
かよひ来しやどの道芝かれがれに あとなき霜のむすぼほれつつ 俊成女 ○アサイマ
雑歌
世の中を思へばなべて散る花の わが身をさてもいづちかもせむ 西行 ○サイマ
すべらぎの木高き蔭にかくれても なほ春雨に濡れむとぞ思ふ 八条前太政大臣 ア
ほととぎすそのかみ山の旅枕 ほのかたらひし空ぞわすれぬ 式子内親王 ○アサイマ
五月雨はやまの軒端のあまそそぎ あまりなるまで漏るる袖かな 俊成 ○アサイマ
思ひきや別れし秋にめぐりあひて またもこの世の月を見むとは 俊成 ○サイマ
藻汐くむ袖の月影おのづから よそにあかさぬ須磨のうらびと 定家 ○
葛の葉のうらみにかへる夢の世を 忘れがたみの野辺の秋風 俊成女 ○
晴るる夜の星か河辺の蛍かも わが住む方に海人のたく火か 業平 ○アサイマ
難波女の衣ほすとて刈りてたく 葦火の煙立たぬ日ぞなき 貫之 ○サイマ
和歌の浦を松の葉ごしにながむれば 梢に寄する海人の釣舟 寂蓮 ○アサイマ
鈴鹿山うき世をよそにふり捨てて いかになりゆくわが身なるらむ 西行 ○アイ
吉野山やがて出でじと思ふ身を 花ちりなばと人や待つらむ 西行 ○アサイマ
しきみ摘む山路の露にぬれにけり あかつきおきの墨染の袖 小侍従 ○アサイマ
思ふことなど問ふ人のなかるらむ 仰げば空に月ぞさやけき 慈圓 ○アサイマ
ねがはくは花のもとにて春死なむ その如月の望月のころ 西行
神祇歌
やはらぐる光にあまる影なれや 五十鈴河原の秋の夜の月 慈圓 ○
釈教歌
阿耨多羅三藐三菩提の佛たち わがたつ杣に冥加あらせたまへ 伝教大師 ○アサイマ
願はくはしばし闇路にやすらひて かがげやせまし法の燈火 慈圓 ○アサイ
これやこのうき世の外の春ならむ 花のとぼそのあけぼのの空 寂蓮 ○アサイマ
道のべの蛍ばかりをしるべにて ひとりぞ出づる夕闇の空 寂然 ○サイマ
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