2007年10月31日水曜日

句に残して俤にたつ

風雅とは何か、と惟然に尋ねられたとき、芭蕉は「句に残して俤にたつ」ことだと答えた。(俳諧一葉集 遺語之部)

三冊子には芭蕉の言葉として「付きの事は千変万化するといへ共、せんずる所、唯、俤と思ひなし、景気、此三つに究まり侍る」「付くといふ筋は、匂・響・俤・移り・推量など、形のなきより起こる所なり。心通じざれば及びがたき所也」とある。

前句の余韻・余情(気分・情調)に対して付ける付け方を芭蕉は発明した。これを余情付けまたは匂い付け(広義)と言う。

当時の蕉門の人たちはどういう匂い付けの句をよしとしたのか、本から洗い出してみた。これからは付句する前にこれを眺めてみよう。

   【三冊子】

 あれあれて末は海行く野分かな  猿雖
鶴のかしらを揚ぐる粟の穂     芭蕉  (笈日記、けふの昔)
 
 鳶の羽もかいつくろひぬ初しぐれ 去来
一吹き風の木の葉しづまる     芭蕉  (猿蓑)

 寒菊の隣もありやいけ大根    許六
冬さし籠る北窓の煤        芭蕉  (笈日記)

 しるべして見せばやみのの田植歌 己百
笠改めん不破のさみだれ      芭蕉  (笈日記)

 秋のくれゆく先々の苫やかな   木因
荻にねようか萩に寝ようか     芭蕉  (笈日記)

 菜たね干す筵の端や夕涼     曲翠
蛍逃げ行くあづさゐの花      芭蕉  (笈日記)

 霜寒き旅ねに蚊やを着せ申す   如行
古人かやうの夜のこがらし     芭蕉  (笈日記)

 おく庭もなくて冬木の梢哉    露川
小はるに首のうごく箕むし     芭蕉  (笈日記)

 市中はものの匂ひや夏の月    凡兆
暑しと/\門/\の聲       芭蕉  (猿蓑)

 色々の名もまぎらはし春の草   珍碩
打たれててふの目を覚しぬる    芭蕉  (ひさご)

 折々や雨戸にさはる萩の聲    雪芝
はなす所におらぬ松むし      芭蕉  (続猿蓑)

 縁の草履のうちしめる春     
石ぶしにほそき小鮎をより分けて  芭蕉  (俳諧録、一葉集)

 夕顔おもく貧居ひしげる     其角
桃の木に蝉鳴く頃は外に寝よ    桃青  (次韻)

 笹の葉に小径埋りて面白き    沾圃
頭うつなと門の書付け       芭蕉  (続猿蓑)

 亀山や嵐の山や此山や
馬上に酔ひてかかへられつつ    芭蕉  (ばせを盥)

 野松にせみの鳴き立つる聲    浪化
歩行荷持手ぶりの人と噺して    芭蕉  (となみ(刀奈美)山)

 青天に有明月の朝ぼらけ     去来
湖水の秋の比良のはつ霜      芭蕉  (猿蓑)

 僧やや寒く寺に帰るか      凡兆
猿引の猿と世を経る秋の月     芭蕉  (猿蓑)

 こそ/\と草蛙を作る月夜ざし  凡兆
蚤をふるひに起くるはつ秋     芭蕉  (猿蓑)

 夜着たたみ置く長持のうへ    岱水
灯の影珍しき甲待ち        芭蕉  (韻塞)

 酒にはげたる頭成らん      曲水
雙六の目を覗き出る日ぐれ方    芭蕉  (ひさご)

 そっと覗けば酒の最中      利牛
寝所に誰も寝て居ぬ宵の月     芭蕉  (炭俵)

 煤掃の道具大かた取出し
むかいの人と中直りせり      芭蕉  (俳諧録、一葉集)

 冬空のあれに成りたる北颪    凡兆
旅の馳走に在明し置く       芭蕉  (猿蓑)

 のり出して肱に余る春の駒    去来
摩耶が高根に雲のかかれる     野水  (猿蓑)

 敵寄せ来る村秋の聲       ちり
在明のなし打烏帽子着たりけり   芭蕉  (鶴の歩)

 月見よと引起されて恥づかしき  曽良
髪あふがする羅の露        芭蕉  (旅日記)

 牡丹をり/\なみだこぼるる   挙白
耳うとく妹に告げたるほととぎす  芭蕉  (飛登津橋)

 秋風の舟をこはがる浪の音    曲水
雁行くかたや白子若まつ      芭蕉  (ひさご)

 鼬の聲の棚もとの先       配刀
箒木はまかぬに生えて茂る也    芭蕉  (けふの昔)

 能登の七尾の冬は住みうき    凡兆
魚のほねしはぶる迄の老をみて   芭蕉  (猿蓑)

 中/\に土間にすわれば蚤もなし 曲水
わが名は里のなぶりものなり    芭蕉  (ひさご)

 抱き込んで松山広き在明に    支考
あふ人ごとに魚くさき也      芭蕉  (砂川集)

 四五人通る僧長閑也       浪化
薪過ぎ町の子供の稽古能      芭蕉  (となみ山)

 頃日の上下の衆の戻らるる    去来
腰に杖さす宿の気ちがひ      芭蕉  (砂川集)

 御局のやど下りしては涙ぐみ   丈草
塗つた箱よりものの出し入れ    芭蕉  (となみ山)

 隣へもしらせず嫁を連れて来て  野坡
屏風のかげに見ゆる菓子盆     芭蕉  (炭俵)

 入込に諏訪の湧湯の夕間暮    曲水
中にもせいの高き山ぶし      芭蕉  (ひさご)

 人聲の沖には何を呼ぶやらん   
鼠は船をきしる暁             (宇陀法師)

 榎の木がらしのまめがらをふく
寒き爐に住持はひとり柿むきて   芭蕉  (春と穐)

 桐の木高く月さゆる也      野坡
門しめてだまつて寝たる面白さ   芭蕉  (炭俵)

 もらぬほどけふは時雨よ草の屋ね 斜嶺
 火をうつ音に冬のうぐひす    如行
一年の仕事は麦に収りて      芭蕉  (後の旅、けふの昔)

 市人にいで是うらん笠の雪    芭蕉
 酒の戸たたく鞭の枯うめ     抱月
朝顔に先だつ母衣を引づりて    杜国  (笈日記)

 歩行ならば杖つき坂を落馬哉   芭蕉
角のとがらぬ牛もあるもの     土芳  (笈の小文)

   【去来抄】

 赤人の名はつかれたり初霞    史邦
鳥も囀る合点なるべし       去来  (薦獅子集)

 身細き太刀の反るかたを見よ   重成
長縁に銀土器をうちくだき     柳沅  (既望集)

 上置の干菜きざむもうわの空   野坡
馬に出ぬ日は内で戀する      芭蕉  (炭俵)

 細き目に花見る人の頬はれて
菜種色なる袖の輪ちがい      

 おしろいをぬれど下地が黒い顔  支考
役者もやうの袖の薫もの      去来  (市の庵)

 尼に成べき宵の衣/\      路通
月影に鎧とやらを見透して     芭蕉  (桃の白実)

 ふすまつかむで洗ふあぶら手   嵐蘭
懸乞に戀の心をもたせばや     芭蕉  (深川集)

 草庵に暫く居てはうち破り    芭蕉
命嬉しき撰集の沙汰        去来  (猿蓑)

 発心のはじめにこゆる鈴鹿山   芭蕉
内蔵の頭かと呼ぶ人はたそ     乙州  (猿蓑)

   【芭蕉俳諧の精神】

 游ぎ習ひにあそぶ鴨の子     露荷
夕月に怠る所作をくりうめん    キ角  (続虚栗)

 慈悲斎が閑つれづれにして    其角
木枯の乞食に軒の下を借す     才丸  (次韻)

 梢いきたる夕立の松       キ角
禅僧の赤裸なる涼みして      孤屋  (続虚栗)

 江湖/\に年よりにけり     仙花
卯花のみなしらげにも詠る也    芳重  (初懐紙)

 夕月の朧の眉のうつくしく   
小柴垣より鏡とぎ呼            (秋の夜評語)

 酒の月お伽坊主の夕栄て     揚水
真桑流しやる奥の泉水       芭蕉  (次韻)

 雪駄にて鎌倉ありく弥生山    孤屋
きのふは遠きよしはらの空     キ角  (続虚栗)

 菱の葉をしがらみふせてたかべ啼 文鱗
木魚聞ゆる山かげにしも      李下  (初懐紙)

 柴かりこかす峰のささ道     芭蕉
松ふかきひだりの山は菅の寺    北枝  (山中三吟評語)

 銀の小鍋にいだす芹鍋      曽良
手枕におもふ事なき身なりけり   芭蕉
手まくらに軒の玉水詠め侘     芭蕉  (山中三吟評語)
手まくらにしとねのほこり打払ひ  芭蕉

 まま子烏の寝に迷ふ月      千之
盗人をとがむる鎗の音更て     其角  (虚栗)

 島ばら近きわが草の庵      キ角
忍啼ふるき蒲団に跡さして     蛇足  (続虚栗)

 船に茶の湯の浦哀なり      其角
筑紫迄人の娘を召つれし      李下  (初懐紙)

 二つにわれし雲の秋風      正秀
中れんじ中切あくる月かげに    去来  (去来抄)

 半分は鎧はぬ人も打まじり
舟追ひのけて蛸の喰あき          (宇陀法師)

 夕闌て宮女のすまふめし玉ふ   匂君
大盞七ツ星を誓ひし        其角  (虚栗)

 美女の酌日長けれども暮やすし  其角
契めでたき奥の絵を書く      蛇足  (続虚栗)

 雨さへぞいやしかりける鄙曇   コ斎
門は魚ほす磯ぎはの寺       挙白  (初懐紙)

 方々見せうぞ佐野の源介     信章
かいつかみはねうち払ふ雪の暮   桃青  (奉納二百韻)

 掛乞も小町がかたへと急候    桃青
これなる朽木の横にねさうな    信章  (桃青三百韻)

 いねのはのびの力なき風     珍碩     
発心のはじめにこゆるすずか山   芭蕉  (猿蓑、去来文)

 すみ切松のしづかなりけり    素男
萩の札すすきの札とよみなして   乙州  (猿蓑、去来文)

 手もつかず朝の御膳のすべりけり 
わらぢをなをす墨の衣手          (去来文)

 水飲に起て竃下に月をふむ    翠紅
聞しる声のをどりうき立      一晶  (虚栗)

 人しれず恋する恋の上手さよ   キ角
わかれば見よと床に金をく     破笠  (続虚栗)

 筑紫迄人の娘をめしつれし    李下
弥勒の堂におもひ打ふし      枳風  (初懐紙)
  
   【連句入門】

 この春も盧同が男居なりにて   史邦
さし木つきたる月の朧夜      凡兆  (猿蓑)

 堤より田の青やぎていさぎよき  凡兆
加茂の社は能き社なり       芭蕉  (猿蓑)

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