2010年2月28日日曜日
山日記(二)夏沢峠
2007年06月12日19:18
6月7日(木)はれ
蕎麦打つて独り食み居り青時雨
かるがもの池にくつろぐ植田かな
6月8日(金)くもり
夏沢峠
ひとりでは山に行かないようにと家族に言われていたが、朝7時に発作的に山荘を出発。小淵沢から鉢巻き道路に入り北上。美濃戸口を右に見て左折。牧草地脇の砂利道はサファリラリーのようで結構好きだ。上槻木から鳴岩川の北側を三井の森に沿って東へ進む。
T字路を右折しフォレスト・カントリー・クラブ方面に進む。両側は三井の森で別荘地かゴルフ場だ。しばらく行くと唐沢温泉と夏沢鉱泉の分岐点に出る。狭い登山道のような砂利道。向こうから車が来たら往生するだろう。
来ないことを祈りながらしばらく進むと、桜平のゲートに出た。車はここまで。駐車場は150メートル上ったところにある。道の脇に止めてもかまわないようだが、律儀に駐車場に止めた。
8時40分、ゲートを通る。鳴岩渓谷に沿って上って行く。久しぶりの登山で体が重い。胸が苦しい。こんなことでどうする。峠までは無理かも知れない。山はまだ早春のようなおもむきだ。高い山肌には雪渓も見える。
夏沢の汗はいのちや滝の音
やがて上の方に煙突の煙が見えた。夏沢鉱泉だろう。山桜が満開だ。
鉱泉に煙立ち立つ山ざくら
鉱泉の主人だろうか、外に座っていた。お互いに会釈した。声をかけようとしたが携帯電話中だった。またこちらを見たので会釈して去る。主人は携帯の時刻を見たようだ。軟弱そうで変な格好のおやじがひとり9時に通過とでも記憶するのだろうか。
あえぎあえぎ、休み休みのぼっていく。ちょっと休めば息の苦しさがおさまってくる。ようやくオイレン小屋に到着。外で主人と客だろう、談笑している。会釈して、「峠まであとどれくらいですか」と聞いた。「大丈夫だよ、ちょっと雪があるけどね」という返事。距離も時間もわからないけど大丈夫なんだろう(^^;)
深い森に入ると鳥の声も沢の音もしなくなった。暗い原生林の中は雪がたくさん残っている。寒いし雲行きもあやしく心細い。自分の雪を踏む音と心臓の鼓動ばかりを意識する。
新しい倒木も多い。苔に覆われた根が浮き上がっている。植物にとっても過酷な環境なのだろう。
残雪の原生林や靴の音
まだかまだかと思わず一歩一歩あがっていくことに専念しよう。苦しければ休めばいい。
暗い森を抜けた。視界が開けた。ここが夏沢峠か。小屋が二つあり、その後方にそびえているのが硫黄岳だろう。時刻は10時40分、桜平から2時間もかかってしまった。
山彦荘とヒュッテ夏沢は閉まっていた。『単独行』の加藤文太郎は初めての冬山の第一日目をここで迎え引返した。二日目は人恋しくて本沢温泉へ下りていった。しかし誰もいなかった。
今は初夏、私のほかには誰もいない。文太郎の淋しさを察しつつ岩陰に風を避けて休む。霧が濃くなってきた。硫黄岳は雪渓が残っている。
夏沢の峠をひとり霧の中
とりあえず、早い昼飯にしようか。ぶどう入りパン、大根、胡瓜、トマト、甘納豆、干し魚、チョコレート、水。甘納豆と干し魚は文太郎のまねだ。山彦荘の看板にはももんがとやまねが巣食っていると書いてある。たしかに小屋には破れたままの板壁がみえる。
11時20分、さぁ、元来た道を戻るかと歩き出した。ふと、山彦荘の脇のすぐ下の崖になにか黒いものが動いた。すわ、熊かと驚いたがよく見ると、日本かもしかだった。断崖に生えたわずかな青草を無心に食べている。
じっと見ていたら、見返してくれた。「どうしたの?」と言われたような気がした。「うまい?」と声をかけたが、怯えもせずまた草を食べている。山川草木皆悉有仏性。このかもしかは神様の一つの姿かもしれないと思いながらまたあかずながめていた。またまなざしを返してくれた。余計なことを考えず、無心に山のかもしかに成りきっている。
崖の草食む羚羊や雲の峰
かもしかと別れて帰路につく。上りは心臓、下りは膝がきつい。雪に突っ込んだステッキが折れた。桜の倒木の枝を杖にして凌ぐ。帰りには往きに見えなかったものが見えてくるものだ。色々な苔、すみれ、山桜、多くの名も無い滝。
夏沢の苔むす道やすみれ草
かへさにはむしろ名も無き滝が見え
12時45分に桜平のゲートに到着した。あこがれの夏沢峠にたどり着けた達成感に満たされて山荘に帰る。もちろんひとりで乾杯だ。
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