2010年2月28日日曜日

天空への回廊

2007年04月12日14:16

笹本稜平『天空への回廊』光文社

あらすじ:まるごとねたばれ

登山家、真木郷司(さとし)はエベレスト北稜ルートの冬季・無酸素・単独登頂に成功し、下山をはじめた。そのとき火の玉が8200m付近の北西壁に衝突した。振動で雪崩が発生するが運良く難を逃れた。しかしアタック中だったアメリカ隊は雪崩に巻き込まれ、一人が死亡、一人が行方不明となる。行方不明はフランス人のマルク・ジャナンで郷司とは親友である。マルクの妹クロディーヌも郷司と親しい。

米国政府は、落下したのは隕石と発表したが、実は軍事偵察衛星であった。軌道制御装置の故障で本来宇宙空間で燃え尽きるはずが地球に落下したと認めた。衛星には小型の原子炉があり放射能汚染が危惧された。

米国政府とペンタゴンは中国に了解を取り付け、大規模な要員派遣と原子炉回収作戦(コードネーム:天空への回廊)を展開する。しかし8000m以上で動ける要員がいない。郷司は協力を依頼される。行方不明のマルクは生きているはずで独力でも救出したいと考えていたので応諾する。

郷司は、アメリカ登山隊の隊長クリフからマルクが自力でネパール側に下山し救出され、カトマンズの病院に収容されたことを知る。クロディーヌは兄に誘われ休暇でネパールに来ていた。マルクは妹と郷司の三人でネパールをドライブするのを楽しみにしていたのだ。マルクは「ブラック・フット」と病床でうわごとを繰り返す。マルクはエベレストで何かを見たのだ。

「ブラック・フット」とは、冷戦時代にソ連が開発していたMIRV(個別誘導複数弾頭)に対抗し、米国が軍事的優位性をアピールするため開発していた戦略兵器インスペクター80のコードネームであった。表向きは軍事偵察衛星であるが、核弾頭を6個搭載し、モードを変えると複数箇所を同時攻撃できるという恐るべき兵器であった。マルクは若いとき科学者としてかかわったいたらしい。

落下した核弾頭がテロリストにわたると冷戦後の世界秩序の均衡が一挙に崩壊する恐れがある。米国は核弾頭の回収にやっきとなる。郷司はマルクが無事だったので自分はもう関係ないと言うが、米国の説得にしぶしぶ応じる。

やはり、テロリストのグループ<いたちの息子>は核弾頭をねらっていた。しかも<いたちの息子>たちは米国の軍事機関や諜報機関に入り込んでいたのだ。

ベースキャンプとABC(第二キャンプ)が中国服の兵に包囲された。郷司とシェルパのロプサンは第5キャンプにいてルート工作していた。第4キャンプに戻るとABCキャンプにいたはずのデルタフォース山岳隊長のジャック・ウィルフォード(マグビー)がいた。マグビーは実は<いたちの息子>の大物で中国兵は仲間だった。

マグビーは一人で抜け出し、落下した衛星の制御装置からROMを取り出し、中のコードをデータ送信した。ROMは頂上に埋めたという。核弾頭がほしかったのではなかったのか。

驚くことに、インスペクター80は二基一組の双子衛星で、現在も一基が地球の周りを回っていたのだ! <いたちの息子>は、その一基を制御して核弾頭をロシアに打ち込み、世界全面核戦争を開始させようという恐るべき計画を持っていた。

お粗末なことに、米国ペンタゴンは20年前に隠密裡に打ち上げられたインスペクター80の設計情報と制御を失っていた。地球を周回しているもう一基を制御するには、落下した一基のROMから制御用のプロトコルを知って、地上から実行できる軌道制御のプログラムを作る必要がある。<いたちの息子>のアジトはミャンマーにあった。

郷司とロプサンはマグビーを追ったが逃げられた。ロプサンはマグビーに突き落とされなくなった。むなしく第5キャンプに帰る途中、落下した核弾頭に時限発火装置がとりつけられているのを発見する。マグビーの仕業だ。地上との交信でコードを二本同時に切り、ことなきを得る。キャンプに帰るとクロディーヌが<いたちの息子>に拉致され乗せられたヘリコプターが墜落し亡くなったという悲報が入る。

米国の大統領からそんな郷司に直接電話が入る。<いたちの息子>にインスペクター80を制御され核弾頭を発射されたら世界は終焉を迎えてしまう、なんとしても人類を救うため、マグビーがエベレストの頂上に埋めたというROMを探して中身をデータ送信してほしいと懇願される。心身は限界を超えている。7000m以上に5日間過ごすというのはあり得ないことなのだ。

しかし郷司は勇気と気力を奮い起こし任務を果たす。いとしいクロディ—ヌはいない、心も体も限界だ、もうどうでもいい。世界の頂点で猛吹雪の中、世界のヒーローは、このまま死んでもいいと、死への誘惑にかられる。

マグビーはロシアの武器商人タルコフスキーのアクロバティックな飛行機で逃げたが、<いたちの息子>に悲憤を感じていたタルコフスキーはなんと飛行機もろとも<いたちの息子>のアジトに突っ込んでいった。米軍は送られたデータでインスペクター80の制御を取り戻した。

朦朧としている郷司にクロディーヌのやさしい声が聞こえる。あの世のクロディーヌが呼んでいるのか。声は通信機からだった。クロディーヌは生きていた。ヘリコプターが墜落したとき、元マオイストの青年に助けてもらったらしい。郷司に生きる希望が蘇ってきた。君こそわがいのち。郷司はクロディーヌと、そして自分自身に絶対生還すると誓うのであった。

感想
山岳小説と謀略小説が合体し、はらはらどきどきの数段構えの構成力は見事。解説の夢枕獏さんも恐れ入ったようなコメントだ。映画化したらエベレストだけに壮大なエンターティメントになるだろう。現在我々はインスペクター80のような戦略兵器が秘密裏に地球を周回していはいないと信じているがほんとうのところはどうなのだろうか。

  中天の月に蒼めく雪華峰  春蘭


写真提供はウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/

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