2010年2月28日日曜日

枕流漱石

2007年04月17日21:15

湛然居士文集
 巻一 和移刺継先韻三首 其一 

■原文と読み下し文:        
沢民我愧無術略 民をうるおすに我 術略なきをはず
且著詩鴻慰離策 かつ詩をあらわし 大いに離策を慰む
詩書満載升金山 詩書を満載して 金山にのぼり
絃歌不輟踰松漠 絃歌やまずして 松漠をこゆ

世上元無真是非 世上もと真の是非はなし
安知今是而非昨 いずくんぞ今の是にして昨の非なりしを知らん
連城美玉涅不緇 連城の美玉 そめれどもくろまず
百錬真金光愈爍 百錬の真金 光りいよいよかがやく

已悟真如匪去来 すでに真如を悟れば 去来あらず
自然胸次絶憂楽 自然 胸次に憂楽をたつ
断夢還同世事空 断夢なお 世事空なるに同じ
浮雲恰似人情薄 浮雲あたかも人情の薄きに似たり

尚記吾山旧隠居 なお吾山の旧隠居をおぼゆ
松風蕭瑟松花落 松風蕭瑟(しょうしつ)として松花落つ
枕流漱石軽軒車 流れに枕し石にくちすすぎ 軒車を軽しとし
吟煙嘯月甘藜霍 煙に吟じ月にうそぶき藜霍(れいかく)をうましとす
春山寂々春渓深 春山寂々として春渓深く
蕭条庭戸堪羅雀 蕭条たる庭戸 羅雀に堪えたり

而今不得安疎懶 而今(にこん)疎懶(そらん)に安んずることをえず
自笑條籠困雕鶚 自ら條籠にくるしむ雕鶚(ちょうがく)を笑う
勉力竜庭上万言 勉力して竜庭に万言をたてまつるも
男児不忘志溝壑 男児の志や溝壑(こうがく)を忘れざれ

■現代語訳:
私は民を潤沢にする策がないことをはじる。
それで詩を詠んで群れから離れ独居し自分を慰めている。
太祖(チンギス・ハーン)の西征に同行し詩書を満載して
西金山(アルタイ山脈)に登った。
琴の音のような松風がやまない千里もある松漠を越えた。

俗世間にはもともと真実の是とか非と言えるものはない。
だから今日は是とされても昨日は非であったかも知れない。
趙の文王が持っていた和氏の璧を秦の昭王が欲しがり15の城と交換
しようとしたがそういう美玉は黒く染めたいと思っても染まらない。
百回も鍛錬した純金はますます光かがやく。

このようにあるがままの真理を悟れば
昨日と今日で価値が逆転することはない。
おのずから、胸中に憂とか楽とか二元に
揺れるものから脱した境地が現成する。
夢から覚めると相変わらず世事は空しい。
浮雲はあたかも人の薄情にも似ている。

老母の吾山にある昔の隠居所が思い出される。
松風がものさびしく吹き、松ぼっくりが落ちる。
流れに枕して眠り、石で口をすすぐ、貴人の車
(贅沢な生活)など意味が無い。
霞を見て詩作し月を見て詩歌を歌い藜(あかざ)さえうまいと感じる。
春の山は寂々として渓谷は深い。
もの寂しい家の庭にある籠の中の
雀のような生活にもたえられるようになる。

しかし現在の私は、怠惰に安住していることができない。
籠の中でみさごが苦しんでいる様な自分を笑わずにはいられない。
力を尽くして帝の行宮(あんぐう)に
多くのことを進言しえたとしても
男子のこころざしは良君のために、溝や谷に落ちて屍をさらして
も構わないという覚悟にあることを忘れるな。

注:
【移刺(やら)】:湛然居士こと耶律楚材(やりつそざい)は遼から
 政権が金になったとき、姓を移刺と変えた。

【枕流漱石】:夏目金之助の雅号、漱石はここから米山保三郎がとっ
 て与えたものらしい。

参考文献:
『耶律楚材』(湛然居士文集)現代語訳・洞門禅文学集、
 飯田利行編訳、国書刊行会、平成14年

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