2006年05月22日15:25
映画『ダ・ビンチ・コード(The DaVinci Code)』を観た。事前学習した分、わけがわからないということはなかった。歴史ロマン・サスペンス・ミステリーという仕立てで、グロいところもあるが結構楽しめた。本を読んでいないのでイメージが狂ったということもない。
映画が終わってエンディングテーマが流れ始めた時、だれも席を立たなかったが、感動より、よくわかんないなーという沈黙も感じた。隣のおばあさんは分かっただろうか、途中いびきが聞こえたし(^^)
分かりにくいと思ったところは以下の2点。
1、主人公ラングドン(トムハンクス)とソフィー側の味方だと思っていた老教授(ハリーポッターの校長先生にもなってた人?)が実は、イエスの血脈を絶とうとする教派(イエスは神の子)の導師であった。だが彼の本心はイエスは人間の子というところ。(どっちなんだい−1)
彼はソフィーがマグダラのマリアとイエスの子孫だということを知らないので銃を向けたのだろう。
2、マグダラのマリアの棺は、田舎の教会の地下にあって、シオン修道会(マグダラのマリアとイエスの血脈を守る教派)によりソフィーの祖母とともに守られていた、と思っていた。
しかし、最後にラングドンが、ルーブル美術館のピラミッドの上に乗って、この下に本当のマグダラのマリアの棺があるのではないかと考えているらしいところ。(どっちなんだい−2)
主人公たちを追いかけるジャンレノ警部は、いつもルパンに振り回される銭形警部みたいだ。いきなりラングドンをルーヴル美術館館長のソニエール殺害の犯人と思い込む。自分が信じる教派(イエスは神の子)の司祭の言葉だったので仕方ないが。
イエスと同じ痛みを感じるため、自分で自分の体に鞭うったり、大腿部にとげのくさりを巻き付けるようなグロいことをジャンレノ警部がやっていないことを切に祈る。
イエスは神の子?人間の子? (どっちなんだい−0)
これがメインテーマであることはたしかだが、キリスト教では、人は神の子と言わなかったっけ。
仏教ではこういう問題は起きようがないのだろう。人間ブッダの父母も妻子もあきらかで、のちに悟りを開いて仏になる過程も明らか。そして究極の教えで、人間はだれでも仏になれると教えている。
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