2006年09月02日10:53
『宇陀法師』は蕉門では稀と言われる俳諧作法書である。
許六(1656-1715)が『宇陀法師』の執筆に当たって参照した
ものは、以下が知られている。
●『大秘伝白砂人集』『俳諧新式極秘伝書』『俳諧新々式』
許六が芭蕉から伝授されたもの。
『白砂人集』は古典文学翻刻集成 第7巻 俳文学篇の中に
載っているらしい。
●『誹諧埋木』
季吟が宗房(のちの芭蕉)に免許皆伝の証しとして伝授
したというもの。これはのちに広く刊行された。原文と
テキストは、以下にある。
http://sasa.etowns.org/library/umoregi/index.html
●『二十五ヶ条』
去来(1651-1704)から支考(1665-1731)が相伝したと
いうもの。
許六は『二十五ヶ条』も奥義扱いし引用した。内容的にはも
っともらしいものが並んでいる。しかし、先師から去来に相
伝し、それを支考が相伝したというのは大嘘で支考の偽書で
あることに許六は後に気づく。現代の学者の多くも支考の書
は、芭蕉在世中の『葛の松原』を除きほとんどが偽書として
いる。
去来、許六という論客や証言者としての高弟があいついで世
を去ったのちは、芭蕉が言ったかのように書くのも支考にと
っては容易だっただろう。
許六は『宇陀法師』の中で「人にもたれ、人の口守る作者
は芭蕉流直指の俳諧成就せず。」と述べている。
『歴代滑稽論』は、俳諧師の人名事典のような感じで歴代
の有名な俳諧師を紹介し俳諧の歴史を概観している。
東花坊(支考)の『二十五ヶ条』にはすっかりだまされた
とし、芭蕉俳諧の大秘訣はやはり、自分が師から伝授された
『大秘伝白砂人集』『俳諧新式極秘伝書』以外にはないと
述べている。
そして今、病床から世の中を見渡してみても、芭蕉の正風
血脈を相続しているのは、自分と我が彦根俳諧だけだと書
き残しほどなく亡くなった。
辞世
下手ばかり死ぬる事ぞとおもひしに
上手も死ねばくそ上手なり
参考
宇陀法師・歴代滑稽論、二十五ヶ条
古典俳文学大系『蕉門俳論俳文集』集英社
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