2010年2月26日金曜日

映画『バルトの楽園』

2006年06月28日19:02
(バルトとはドイツ語で口ひげのこと。楽園はがくえんと読む。)

第一次世界大戦で日本はドイツに宣戦布告し、1914年、青島のドイツの要塞を陥落させて占領下に置いた。ドイツ人捕虜4700人は、日本国内の12カ所(のち6カ所)の捕虜収容所に収容された。この映画は、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所で実際に起きた話をもとに作られている。

収容所長の松江豊寿(まつえとよひさ)は、戊辰戦争において敗け、青森斗南に追いやられた会津藩の父たちの苦難を見ていた。敗者の痛みを知る彼は、他の軍人が甘すぎると避難する中、武士道を貫き通し捕虜の人権を守った。予算を削減されると自費で山を買いドイツ人たちに材木を切り出させ売りその補填をした。敵国の捕虜であろうとも、人間として生きる自由と平等を与えられるべきとの信念を彼は持っていたのだ。

そういう松江の心をドイツ人捕虜たちもだんだん理解し心を開くようになり、お互いの間に信頼感も芽生えてくるが。

<ネタばれ>
ある夜、捕虜が脱走する。しかし、大けがして馬小屋に隠れるが気を失う。家人に介抱され、そのやさしさに打たれ収容所に戻っていく。山で道に迷っただけとお咎めはなし。

ドイツ人の父と日本人の母の間に生まれたという青い目の娘が収容所にやってくる。父はここにいないかと。父の上官たちと同僚はいたが、父は日本人に銃を向けられないと言い残し戦場で死んでいた。

ドイツ人司令官は責任を感じ、皇帝が亡命したと聞き、自殺しようとするが未遂に終わる。誇りを失わないでほしい、あなたは他のドイツ人の心の支えなのだからと所長は励ます。

父の同僚はやはりこの娘の父を死なせた責任を感じている。彼はパン職人で神戸にパン屋を開きたいと考えていた。自分の娘として引き取り育てたいと所長に申し出る。娘は一緒に行く決心をする。

ドイツ人たちは地元の学生に楽器演奏や体操、生活技術を教えたり、地元民と共同でお祭りを催す。ドイツ人の少年兵と折り鶴を教える日本娘との淡い恋の話もいい。

晴れてドイツ人たちが祖国に帰る前の日、お別れにベートーヴェンの「交響曲第九番 歓喜の歌」を演奏する。会場は感動の渦に包まれる。

   青い目の俘虜を遇する所長こそ
         敗者のいたみ知れるもののふ

妻もずーっとぐずぐずしているようだった。涙が止まらないのは私たちだけではなかったようだ。久しぶりにいい映画を見た。国境を越えた人間愛、反戦と平和のための教材として子供達に是非見せたい映画だ。

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