2006年08月26日13:57
許六から去来へ
■解釈
ああ、諸門弟の中に、秀逸の句がないのはなげかわしいこ
とです。師の滅後、門弟の中に混ざって俳諧の賊がいます。
茶の湯や酒盛の座に出てきたり、門弟が宿を借りる旅籠な
どに来て仲間に入れてもらおうとするあぶれものどもが居
て、やたら俳諧集を作っています。
その一派の繁盛にはいいかも知れませんが、内容は笑止千
万で、これを蕉門とみなされては他門から馬鹿にされ我々
の恥辱となります。
しかし、蕉門の高弟(去来)は眉をしかめてはいますが口
を閉じているように見えます。
撰集を作って句の善し悪しを勉強できるのが昔の撰集の良
い所でした。この頃の撰集は、あて字、てにをはの間違い、
仮名遣いの間違いがひどいものです。事情を知らない他門
からは高弟去来のあやまりと論ぜられることは必定でしょ
う。
俳諧の出身・素性のあやしいもの(北狄・西戎のえびす)
が、師が亡くなって監視が行き届かないことをいいことに
我も蕉門と称して(時を得て、吹をうかがい)、みだりに
撰集を作っているのは誠に悲しいことです。高弟(去来)
にはこのそしりを防ぐ方法がありますか。
代表は惟然坊というもので、自分の派の俳諧の宣伝には益
があるでしょうが、目の見えない衆生を惑わせる罪は逃れ
ようがありません。無駄口や口からでまかせばかりで一生、
真の俳諧は一句もなく、蕉門の中に入り込んで、世の中の
人を迷わす大賊です。
近年多くの撰集を世に出し恥をさらしているのはこの惟然
坊の罪です。生計・世渡りのためというのはいうまでもな
いことです。
惟然坊にかぎらず、浄瑠璃の情から俳諧を作ったり、金山
談合の席(賄賂か)に名月の句を詠むやからもたまにいる
ようで、同門、他門ともに本性を見届ける必要があります。
私は短才で未熟ではありますが、このような大敵から蕉門
本流の俳諧の一城を守り、大軍に対して一番に駆け込んで
討ち死にしようという鉄石の志をもっています。
同門からそねみやあざけりもあるでしょうがそれを顧みず、
思う所を包まずしたためた次第です。この雑談を秘密にす
る必要はありません。諸門弟の目にさらして、これからの
身をつつしむきっかけとなるならば、大変幸せに思います。
私の願いは、高弟のあなた(去来)と志を合わせて、蕉門
を固め、大敵を防ぐことです。 許六稿
つづく。
次回は、『俳諧問答』の解釈4ー答許子問難辨(1)
去来から許六へ
■参考文献
1、『許六 去来 俳諧問答』横沢三郎校注 岩波文庫
1996年復刊
2、『芭蕉俳諧の精神』赤羽学 清水弘文堂 1984年
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