2010年2月26日金曜日

『俳諧問答』の解釈4ー 答許子問難辨(1)

2006年08月27日11:19

 去来から許六へ

去来は許六の文章を三十の断片としそれに丁寧に答えてい
る。そのため長大である。そこで逐語訳調をやめ、基本は
要約調とし、重要なところだけ逐語訳調にする。私のコメ
ントも断片ごとに。

■解釈
去来:あなたは、心根は深く論の高い誠の風騒の人です。
不才の私には荷が重いですがお答えします。間違っていま
したら正して下さい。

許六:千歳不易・一時流行の二つで其角を難じていますが、
彼には答えようがないです。
去来:一、たしかにあなたのおっしゃる通りですね。私は
別に思う所があって贈ったのですが、これを言っても俳道
には益はないです。この件は筆をしばらくさし置きます。

コメント:芭蕉に忠実に追随してきたまじめな去来には
 一門の筆頭格の弟子其角に宿念があったのであろう。

許六:三神に誓って其角の依怙贔屓はしないで問答します。
去来:二、あなたの言葉を信用します。

許六:近年、諸集で目立つ句はたいてい其角の句です。
去来:三、あなたの言、感心しません。どの書で見たので
すか。手元の書では其角の句が十句、いいのが1、2句で
笑うべきものが1、2句、その他は平々凡々です。浪花集
ではあなたと其角の句だけが優れていると思いますが。

許六:其角に及ぶ門弟はいません。
去来:四、あなたの過論でしょう。才能では其角は私の上
ですが、句のいやしくなさでは私は其角を下に見ます。同
門でおそるべき者は五六人、あなたもその一人です。

許六:先師と同じような句を弟子も詠まなければならない
というのはあやまりだと思います。
去来:五、私は及ばずながら師の句風の跡を追ってきまし
た、其角は跡を追ってきませんでした。昔、師は俳諧の神
になられたと其角に言ったら、其角もその通りだと言った
のに。たしかにあなたの言にも一理あります。私は其角の
句風が師と同じでないことを憂えるものですか。

コメント:去来の宿念の根本のようです。師は神で其角は
そうではないから、追うとしてもできっこないと言いたい
のか。自分はできないことは承知の上で、それでも自分は
神の師を追ったと。なぜ追うの? 信仰の領域か。

許六:師の没後、門人に秀逸の句がないのはどうして。
去来:六、師の教えは月ごとに遠のいていきます。その代
わり、日々、自分勝手な我流がはびこってきます。秀逸な
句が出ないどころではなく、本流の蕉風の血脈が失われそ
うです。こういうことは俳道にかぎったことではありませ
んが。

先師は凡兆に一生で三、五句、秀逸の句がある人は作者と
言い、十句に及ぶ人を名人と呼ぶと言いました。師は門人
の秀逸の句を集めて「笈の小文」(注:紀行文のそれとは
違う)という撰集を作ろうとしたことがありました。私の
「岩鼻やここにもひとり月の客 去来」を入集させると言
ったので、何句入集しますかと聞いたら、おまえはうぬぼ
れているのかと言われてしまいました。五つも入集する人
はまれであるとも。

師は門人の句を過分に誉める傾向があります。これを真に
受けて増上して最後まで自分の位を知らない門人も多いで
す。しかし途中で気が付いて慎む人もいます。誉められた
自分の句と師の句を照らし合わせてみると、似ていても雲
泥の差です。それで師の賞賛は過分で自分はレベルが低い
と知るのです。門人の秀逸な句というのはこういう見方か
らすると、生前没後を問わずさらに少なくまれでありまし
ょう。

コメント:許六がこの最後の段を身に沁みて感じ慎んでい
たとしたら、自分こそ芭蕉風の血脈だという自画自賛論に
までいかなかっただろうか。どうしてそこまで言えたのか
それだけのものがあったとすればすごいことだ。先が楽し
み。

つづく。
次回は、『俳諧問答』の解釈4ー 答許子問難辨(2)
     去来から許六へ 続

■参考文献
1、『許六 去来 俳諧問答』横沢三郎校注 岩波文庫 
  1996年復刊
2、『芭蕉俳諧の精神』赤羽学 清水弘文堂 1984年

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